本年度胸糞悪い映画ナンバーワン

なんとなく文章もたまには書いておきたいという理由で、見た映画のメモなどもこのnoteに書き留めておこうかと思う。ネタバレは気をつけるがどうしても内容には触れてしまうので嫌な方は読まないでほしい。

さて、今年も半年が過ぎそうな頃だが私の中で本年度胸糞悪い映画ナンバーワンが決定した。ちなみに胸糞悪いというのは誹謗中傷ではなく、本当に自分まで胸糞悪くなってしまうほどのすごい描写力だという褒め言葉なので理解してほしい。
アスガー・ファルハディ監督の「セールスマン」である。

劇作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演していた同じ劇団に所属する夫婦。教師でもある夫が家を空けた隙に、転居したばかりの家で妻が何者かに乱暴されてしまう。その日を境に二人の生活は一変してしまう。

胸糞の悪い映画、というと虐殺、暴力、性暴力が生々しく描写された過激なシーンが思い浮かぶかもしれない。
しかしもう多くの人が指摘しているのが、この映画にはその乱暴されてしまうシーンが一切ない。
勿論被害者にとってはその瞬間こそ辛く苦しい瞬間であり、二度と思い起こしたくない体験でもある。
しかし性暴力はその瞬間だけでは終わらない。その苦しみは何年も何年も忘れることはできない。被害者とその周囲を一生苦しめるものであるということが本作では非常に繊細に描かれていた。

事件が起きてしまった浴室が怖くて使えず、シャワーも浴びることができない。
誰もいない部屋が怖いので夫にそばにいてほしいが、夫と触れ合うことすら恐れてしまう妻。
夫は妻に寄り添おうとするがそれ以上に犯人に復讐することに執着してしまい、二人はうまく分かり合えずもどかしい。
警察に通報すれば、全てを明るみにさらされ、軽率さを責められ、調査となれば事件を鮮明に思い出してしまう。妻の傷口はえぐれるばかりだ。

共通の敵をもつはずの二人の間にも溝があるのに、それに加えて周囲との関わりも上手くいかなくなっていく。
隣人は重体であった妻を助けてくれたものの、結局は不幸話に上面の正義感を振りかざすだけの自分に酔いしれたクズどもばかりで、噂話として消化されていく夫婦にとっては全く気持ちのいいものではない。
人当たりがよく好かれるタイプだった夫は、復讐に燃えるあまり生徒たちにも厳しくなり、共演者にも芝居中にあたってしまい人格が変わっていく。
妻は強がって芝居にも参加しようとするが、芝居中に観客から見つめられるだけで、汚らわしい犯人の目を思い出し、恐怖で泣き出してしまう。

そして、犯人にも家族がいて、何も知らない家族たちにとってはかけがえのない存在だった。
悪人も誰かにとっては大切な人で、自分がそれを壊してしまうことへのためらいと復讐心の間で揺れ動く夫婦のやるせなさ。
加害者しか悪くないはずの一つの事件を巡って、被害者やその周囲との関係は複雑に絡み合いながら捻じ曲がっていく。

イランの社会性が色濃く描かれているそうだが、日本も大いにあてはまる事象だ。
まだ痛みを痛みとして理解できていない、罪深い人々はこの映画をみて学ぶことができるのではないだろうか。


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