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はじめての根津

東大とも谷根千とも縁遠い人生ゆえ、根津で呑むのは初めてだった。

戦前の匂いを色濃く残しながらも真新しい洒落た路面店が混じり込む町並み。これがいま流行りのレトロモダンか。

そんな中、私が心惹かれたのは小洒落たベーグル屋など駆逐するような佇まいの『木曽路』だった。

カウンターだけの小さな酒場。
「2人、行けますか?」と覗き込む私に、御年92歳の女将さんがノリよく「温めておきましたよ」と座っていた席を空けてくださった。

一緒に行ったのが愛媛出身の呑み友だちなら、隣の席にいた常連の女性も愛媛出身。その愛媛を私は自転車で走ってきたばかり。

で、「今月、(ご出身の)東温市行きましたよ!」といえば、「えーもーイヤだわー」と昼から呑み続けているという女性のテンションも爆上がり。さらに10年前私と同じ町で暮らしていたことが判明し驚き連発!一気に酔いが回ったようで30分くらいしたら動かなくなった。

ただ彼女のおかげで、実質お店を取り仕切る女将さんの息子さんも参戦。根津の歴史から夫婦、恋人、友人の見分け方などなど、「へー」連発のいろんなお話を伺えた。

惜しむらくは、旦那さんに先立たれたというご高齢の女性。女将さんと話し込んでいて絡むことがなかった。
帰り際、私たちに「お話したかったわ。私、若い人たちと話すの大好きなのよ」と言ってくださり、私も「また来ますので、次回はぜひ」とお見送りした。

しかし、その次回は来そうにない。

会計時、息子さんから、「せっかく今日ご縁ができたのですが、実は年内でやめるんです」と告げられた。やんごとなき理由に絶句し、「54年の歴史の幕を下ろします」と最後おっしゃる息子さんの悲しそうな、悔しそうな、何ともやり切れない表情に「でも、それなら、なおのこと、今日お伺いできてよかったです」とお返しするのが精一杯だった。

今年もあとひと月だ。

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