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能力差は本人の努力と関係ないこともある ~マタイ効果から見る教育の在り方についての提言~

世の中の多くの親御さんが、子どもには運動や勉強が出来る子になってほしいと願っているはずです。もちろんぼくもその一人で、娘のために知育教室を見学に行ったり、一緒に勉強したり、公園や海でたくさん身体を動かせたりしています。

しかし、現実には運動や学力といったことに関しては個人差が大きく出てきます。小学校で子どもたちを見ていると、テストでは毎回100点の子もいれば、毎回0点という子もいます。同い年なのに、なぜこんなにも差が開くのでしょうか。もちろん、それは生まれつきの地頭の良さや、家庭環境なども大きく影響してくるでしょう。しかし、ここで「あの子はもともと地頭がいいから」「お家がお金持ちだから」と言っても、そんなものコントロールしようがないので論じてもあまり意味はないと思います。ところが、そうした元々の能力や環境に関係ない「あるところ」で、決定的な差が生まれているということが知られています。
なにかご存じですか?

それは「生まれた月」です。

例えば、プロのスポーツ選手は4~5月など「年度当初に近い月」に生まれた人の割合が多いことが分かっています。これは、統計的には明らかにおかしな差ですので、確実に「何か」が運動神経に作用しているのです。

同じことが学力にも当てはまります。一橋大学の川口教授の研究によると、4~6月生まれの子の学力は、他の月に生まれた子よりも相対的に高いという結果が出ました。

さて、この差はいったいどこから来ているのか。これは社会学における『マタイ効果』で説明ができると考えられています。マタイ効果とは、条件に恵まれた研究者や個人が優れた業績や成功を収めることで、その成功がさらなる成功をもたらす現象を指します。つまり、初期の段階でよい成績の子はよい環境が与えられることが多く、さらに能力を伸ばすことができる。その一方で、初期の段階で能力が低い子はそのことが原因で、その後も環境には恵まれにくいということが往々にして起こっているというのです。
 
この例を教室に置き換えて考えてみましょう。
成績の良いAさんと、成績の悪いBさんがいます。Aさんは学習がきちんとできるので、先生も指導がしやすいです。一方、Bさんは学習への課題が多いため、個別指導をしなければいけません。しかし、授業時間は決まっているのでBさんへの個別指導に多くの時間はかけられません。なので、授業の中ではAさんへのアプローチは適切な範囲で行えるが、Bさんへのアプローチは時間が足りずできない状況が続いていきます。結果として、先生も「Bさんにばかりかまってられない」としてリソースを他の子に回すようになります。
 
前述した内容はぼくの創作ですが、現場の先生なら多少なり心当たりのある状況ではないでしょうか。自戒を込めて言えば、ぼくもこうした場面が多かったように感じます。実際には、Bさんのように個別指導が必要な子はクラスに複数人いるので、よけいにリソースが割けなくなります。
 
しかしながら、当然このような状況は良くありません。それは、初期の段階での「できる・できない」によって、その後の教育格差を助長しているとも考えられるからです。もしこのような事実があるとしたら、それはぼくら教師(大人)が、その子の環境をより悪くしているとも言えます。
また、Bさんのような子の中には、社会を変革するようなイノベーターがいる可能性もあります。そうした子たちの芽をつぶしてしまうことは、社会的にも大きな損失でしょう。
 
現実問題として、いまの教育環境は「4月生まれは運動もできるし勉強もできる」という、統計学的には非常に不可解な差を生み出しているという事実があります。その問題に向き合い、しっかりと解決すべきだとぼくは考えます。
 
じゃあどうするの、という話です。
マタイ効果を乗り越えるため、ぼくは2つの提案をしたいと思います。

①「能力の低い子」へのフォローを最大限にする
マタイ効果では、Bさんのように「能力の低い子の環境がどんどん悪くなっていく」という悪循環を指摘しました。そのため、一律に同じことをしていても解決はしません。このことを前提とするなら、能力の低い子へのフォローを最優先に授業をデザインしてあげることが重要だと考えます。
具体的に言います。能力の低い子は、まず一斉授業についていくことができません。なので、早々に一斉授業は捨てます。そして、個別学習に最大限時間を使います。しかし、そこで教師一人が付きっ切りになると、他の子たちへのフォローができません。なので、基本は「子どもたち同士での『学び合い』」をベースに授業を展開していき、教師はファシリテーターとして教室内を見回り、声掛けを行うことに終始します。その中で、どうしても子ども同士での学び合いが難しい子がいたら、個別支援してあげます。

②「能力の高い子」は先生の手を離れて学べる環境づくり
個別学習をメインに展開するということは、Aさんのように学力が高い子は、一人でも学習を進めることができます。そして、それを認めます。ただし、学力の高い子へはより発展的な課題を用意することが必要です。それは教科書の問題でもいいし、プリントでもいいです。今なら、タブレット端末の学習アプリを活用することで、容易に多くの課題を手渡すことができます。また、「解くだけではなく、それを説明できてこそしっかりと理解したと言えるんだよ」という学習観を伝え、解けた問題を友だちに説明したり、逆に学力の低い子へ教えてあげる活動も積極的に価値づけしていきます。最初から「問題を解いて説明する」までをセットで課題を渡してあげるのも効果的です。

2つの提案を見て「そんなことできるの?」と思われた先生もいると思います。できます。ぼくは、通常学級をみていたとき、このようなことをしていました。もちろん、毎日毎時間このような授業をするわけではありません。しかし、こうした「一斉授業を捨てる」という発想を持つことだけでも、非常に有意義だと思います。
すべての子に対して教育を行き届かせる。そのためのヒントになれば幸いです。


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