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裏切りとパンドラの箱

昨日の投稿がなんか不完全燃焼だったので続き。

人が人を裏切る時、裏切りたくて裏切る人はいないんじゃないかなと思う。裏切っちゃったなみたいな罪悪感があったり、または罪悪感をまるで感じないとするのならその相手に対して思いやる気持ちをほとんど持てないという状況なんだろうと思う。

そしてその裏切りという状況は、裏切る方にも裏切られる方にも必要があったから起きていることなんだろうと思う。お互いに何かに気づくための一大イベントなのである。その裏切りイベントを引き起こすには、裏切る人と裏切られる人が共同でその状況に至るための土壌を培う必要がある。裏切られる人はその相手に依存や支配をし続ける。裏切る人はその状態が好ましくないと感じる状況であることを誤魔化し続ける。(無自覚な場合も多いと思う)そしてその2人で作り出した状態が熟成した時に、裏切りというイベントが行われる。その渦中にいる2人にとっては本当に悲劇的で狂気の沙汰であるのだけれど、過ぎてみるとそこにはこれまで放置し続けてきたその2人のパンドラの箱が各々あることに気がつく。そしてそこを開けてみると今まで自覚していなかったいろんな自分の心の傷や癖がいろいろと出てくるものだ。そしてそれは本来自分があるべき方向へ舵をきるために重要なポイントになったりして、これまで大事にしてきた頭の中のプログラムがガラリと変わるチャンスとなる。(ことがある)

だから、そういう人生の一大イベントが起きた時には、自分のパンドラの箱を勇気を持って開けてみるのがオススメ。そしてそれを開けることは血が吹き出るような痛くて怖い事態になったりするのだけれど、いわば膿を出すようなものなのだと思う。だから自分の気持ちに嘘をつくことなく、開けっぴろげの自分をそこで発見してあれこれ感じてみるといいと思うのだ。

生きていると本当にいろんなことがあるよね。でもいつかこの生きている時間も終わるわけだし、自分が自分らしくいられるように生きることが、私という存在にできる最高で唯一のことなんじゃないのかなと思うのだ。

だから例えば裏切りという事件(裏切りに限らず全ての心にヘビーな出来事)は、自分が自分らしく生きるきっかけになりうると思うのだ。だからやっぱりなんでもござれの精神で生きていくのが人生を楽しむコツになってくると思う。そうなるとどんな事件も状況もおっきなウェイブが来たぜーヒュー!ってな感じでバチコイになると思う。そんな風に人生を楽しんでいきたいなと思うのだ。

#自分探求 #パンドラの箱 #裏切り #必然 #日記



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