進学校に通っていた自分が自主退学したわけ ー悩める中高生へー

もともと自分は先生に気に入られるタイプの人間だった。体育祭、合唱コンクールなどの行事には人一倍力を入れていたし、成績も特に悪くはなく、むしろ中学の中ではトップクラスだった。周りの目を常に気にしていたからか、評判はとてもよかった。

しかし、自分のなかには押し殺している違和感があった。
「自分はなんのために生きているのだろう」
「なんだか楽しくないな」。
そういった負の感情が時折姿を現すのだ。
そのような感情を忘れたいためか、時には必死で勉強し、時には一日中楽しいと思うことだけをした。(それもたいして楽しくなかったが)
 
中学当時の自分は、府内で一番の公立校を目指していたため、内申(事前に自分の先生が決める入試の点数の一部)をとるのに必死でひたすら従順な生徒になりきっていた。自分に嘘をつけばつくほど、心は死んでいったように思う。それに薄々気づいていた自分もいたため、一度自分の意志を通してみることにした。無意味に思えた授業を無視して自分の課題をすることにしたのだ。しかし、先生がそれを許さなかった。煩わしく思った自分は、授業をボイコットしてトイレにこもって自習した。それらの行動の結果は散々なものとなった。今まで積み上げた先生達からの信頼は崩れ、今までは志望校を充分に狙えるレベルであった内申は下げられ、受験校を第三志望まで落とすことを余儀なくされたのだ。そのとき、僕は心に誓った。
「生徒が自分で考える機会を奪う教師やそれを助長する内申制度なんておかしい。大人になったら絶対に廃止してやる!」

第三志望校に下げたとはいえ、府内で10指には入る高校だ。僕は密かに期待していた。
「きっとこの高校は自分で考える生徒を評価してくれるはずだ!」
「もう誰にも邪魔はされないんだ!」
期待で胸がいっぱいになった。だがしかし、
入って早々にその期待は裏切られた。その高校は「自由な校風」を掲げてはいたが、所詮鳥籠のなかの自由に過ぎなかったのだ。
例)
・授業中や休み時間のスマートフォン禁止
=>スマートフォンをいじることによって誰が迷惑するというのだろう。音を出してゲームアプリを利用するとでも思っているのだろうか。そんなことをするほど皆子供ではなかったし、むしろわからないことをすぐに調べるために活用すべきなのではないのか。ほぼ全員がスマホ所持者なのにわざわざ二万円もする電子辞書を購入する必要がどこにあるのだ。そのような疑問を教師にぶつけてみても、「学校にいる以上は学校のルールに従え」としか返ってこなかった。教師という人種は、学生であった頃に規則への絶対服従を強いられ、そのなかで生きることがすべてであったため、規則への疑問をもつことをとうに諦めているのだ。
・授業中の授業以外の勉強の禁止
=>一クラス40人もいて、同じ高校とはいえ得意不得意やそれぞれのやり方があるのだから授業を全員が聞く必要のないことは明白だ。そんなこともわからないものが「教師」を名乗ること自体に疑問を感じる
・遅刻者は罰せられる
=>自分に必要な授業かどうかを判断することすら罰せられるのだ。必要な授業に集中し、不要な時間を睡眠に回すために一時間目を欠席するという英断がなぜ処罰の対象になる?返ってくる答えはあいも変わらず「規則だから」だ。今時AIのほうが自分で考えて行動しているのではないかと疑わしくなるほどであった。

次第に学校に自分が何をしにいっているのかわからなくなり、よく親の目を盗んで休むようになった。たまに学校にいくと、病んでいるかのような扱いを受けた。(自分で考える力を奪われて規則に動かされている方がよっぽど病気だが。)そんな日々を過ごしている内に、他校のある生徒の話を聞いた。なんでもその生徒は「高卒認定」とやらを受けて学校をやめたらしい。家庭環境も健康状態も良好で、学校でも普通に過ごしているのにだ。その話が気になった僕は、高卒認定について調べた。なんでも、そのテストに受かれば高校を卒業しなくても大学受験ができるらしい。直観で悟った。自分は学校をやめるのだろうなと。高2の秋だった。

両親は進学校に通う自分を誇りにしているらしく、説得は難しそうだった。勇気を出して打ち明けてみたが、激しく非難された。
「いいわけないやろ!何考えてんねん!」
その時点での説得は諦めた。
つぎに、中学のころからお世話になっている塾の先生に相談した。すると以外な答えが。
「ええやん。先生も中退して大学いったんやで。」
「え!そうなんですか!」
胸が高鳴った。僕はその先生のことをとても尊敬していたからだ。その時点で自分の中で答えは決まりきっていた。そう、僕は学校をやめるのだ。

一度家出するなどの紆余曲折を経て、半年がかりで親は説得した。退学届けを出したその日、僕の心はいままでにないワクワクで溢れていた。それからまだ数週間しかたっていないが、今はとても充実している。週3でのアルバイトでお金と経験値を得て、それ以外の時間は勉強とやりたいことをする。日々好奇心の向かう方へとアクセルを踏み込んで生きているのだ。

同じように学校が嫌だとかつまらないとか、教育に疑問を感じている人に言いたいことは
「学校なんて無限にある青春の過ごし方の一つに過ぎない」
と言うことだ。世界は広い、いや、日本やあなたの住んでいる都道府県だって充分に広く、多種多様な人物が存在するのだ。あなたの周りだけの狭い価値観に捕らわれず、視野を広げてみてほしい。高校にいくのは「当たり前」ではない。就職してもよし、高校にいかずに大学受験をしてもよし、世界をみてまわるのもよし、俳優を目指すのもよし、企業するもよしだ。(自分も今進み始めたばかりなので偉そうなことは言えないが。)「小さな勇気」で踏み出す一歩は、人生を豊かにする。自分は踏み出した。踏み出すか留まるかはすべて君次第だ。