誰かを心配する、は大切だから

今日は出社だったけれど、お遊びみたいな日だった。
事務所の家具をDIYするという。
ペンキ塗り楽しかったな。

ペンキが乾くまで待っている間、上司に私の話を聞いてもらった。
彼の新規事業への考えの甘さや不安さ。
こんなんでやっていけると思いますか?って愚痴のような、相談のような話。
この2ヵ月くらい彼の無計画さに積もり積もったもやもやがあった。
私自身が同じ業界にいて、勝手がある程度わかるから尚更。
同業者って話理解できるのはいいけど、理解できすぎちゃうのもつらいよね。

上司に投げ掛けると、働き方や仕事のあり方に対しての意見をくれた。
だけど、それよりもなにより、私自身のことを褒めてくれた。
いい女だねって。
それだけ心配するほど彼を想ってるってことでしょって。

びっくりした。
そんなこと言われると思わなかった。
しかもそんなストレートに。
私のことをちゃんとみてくれて、認めてくれて、大切に思ってくれていること。
たったその一言で伝わった。
あぁ、きっとそばにいてもらえたら幸せなのはこういう人だなんだろうなぁ。
何もしなくても、何も持ってなくても、あなたは素敵だよって伝えてくれる人。
めっちゃ安心するし、自分に自信をもてる。
そっかぁ、私のこと「いい女」って思ってくれる人いるんだなぁ。
一途だねってそんな言葉も沿えて。
昭和的な、は余計だけどさ。
私もっと自分に自信もっていいんだなぁ。
ちょっとした愚痴こぼしのはすが、思いがけずして上司の言葉に救われた。

それと、私は彼を自分が思っている以上に心配をしているらしい。
大切に思うからこそ心配してしまう。
なるほどな~。
確かに自分にとってどうでもよければ心配なんてしなくて、大変だねとか頑張ってねぐらいにしか思わないか。
それはそうだなぁ。

それに気がつくと、いろんな人たちのことが浮かんできた。
去年の始め、やたらと妹に口出しするお母さんに「あんまり口を挟まないでさ、少しは信用してあげてよ」って話をした。
きっとやたら口を挟んでしまうのは、私たち子供が大切だから。
それは絶対的な母の母性愛だったんだな。
大切だから心配しちゃう。
そっか、なるほどな。

私の今回の恋のなりゆきを上司や友達に報告した時も、それなんでいいの?やめときなよ、ってみんな言った。
それもきっと、みんな私に悲しい想いをしてほしくないから言ってくれていた。
今ならわかる。
当時はどうしても認めたくなくて、なんでみんな否定的なんだろって思ってたけど。
自分にとって都合のいいようにしか捉えたくなかった。
みんなは私に私自身を大切にしてほしいから心配してくれていたのにね。
盲目とはまさにこのこと。

誰かを心配するのは、その人が「大切」な証。
愛なんだ。

余談だが、私はどうにも母性愛が強いから時には離れることも必要だなと思うし、父性愛的な愛の与え方も学ばなければいけない。
愛するは技術 (byエーリッヒ・フロム ) だからね。

そんな気づきと愛に満ち溢れた1日。
事務所もとっても可愛くなったし!愛!

人ってほんとに愚かだ。
身近にあるものほど気がつけない。
日常と身近を愛し、そこにある愛に気がつける私でありたい。
30歳になってもできないことはまだまだたくさんだなぁ。


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