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関野佳介「滞在レポート(まとめ)」

 2023年度のMAWに旅人として参加させていただきました、関野佳介です。日記を書き、映画を作っています。11月4日(土)〜11月10日(金)の期間、御殿場市に滞在したまとめを書きます。

 と言いつつ、何をまとめたら良いのだろう。滞在中は毎日1000字以上の日記を書いていたし、今さら1日ごとに振り返って書くとなると、おそらく日記との重複になって面白くない。そうして何を書けば良いのやらと、考えを巡らせているうちに、あっというまに締め切りの日になってしまいました。

 でも滞在からちょうど2週間が経った今、旅人として御殿場で過ごした時間を振り返ると、フラッシュバックのように蘇ってくるシーンがいくつかあります。日記に書ききれていない出来事や実感は、ちゃんと消えないうちに残しておこうと思います。


・私がnoctariumに到着して2分も経たず、勝呂さんが「ちょっと高嶺の森に行きたいんだよね」と私と國吉さんを車で連れ出したこと。座る暇もなく、荷物を置いて外出したのが面白かった。

・高嶺の森のビオトープから上に戻る道が、思ったより険しかった。

・高嶺の森コテージのイベントで出店していた、沼津の書肆ハニカム堂さんに並ぶ本を見ていたら、手に取った東山魁夷の文庫本エッセイを豪快に落としてしまった。申し訳ない。そっと棚に戻した。

・最初のウェルカム・パーティーで、勝亦さんと初めて直接話したとき。なぜか私は、勝亦さんが着物の着付けをする方だと勘違いしていた。夜自分の部屋で、メンバー紹介をしている富士山文化ハウスのnoteをこっそり読み直した。
 
・私がGotemba Apartment Store入口の野菜を見ていると、勝亦さんが御殿場も実は米所だということを教えてくれた。会話の中で出てきた里芋の話を覚えてくれていて、2日後の夕食に用意してアカマタさんに託してくれた。 

・國吉さんのピンクのダウン。アークラ大サーカスでは旅人も勝呂さんも、みんな自由に行動してよくはぐれたけれど、國吉さんのダウンを若干目印にして探していた。でも太陽が出て気温が上がり、國吉さんはダウンを脱ぎ、私は目印を失った。

・まこぱさんとちひろくんが、ハモニカクリームズの音楽に思いっきり身体を揺らしているところ。これは日記にも書いたけれど、絶対残しておきたかった。

・2日目の夜、みんなで作ったチーズとアンチョビのソースが、冷めるとほぼ固形だったこと。それでも焼き野菜に乗せて食べると絶品だった。

・アカマタさんのカレー再構築料理と、地元が良い場所になってほしいという熱い思いが伝わる話し方。

・新橋浅間神社の木の花名水で、何組もの住民の方たちが車で来ては、タンクやボトルに水を汲んでいた。中学生くらいの女の子とお母さん、ひとりのおじさん、小さい子を連れた女性、ひとりのおばあさんと続いて、私も水筒にその水をいただいた。近所の人が自分と同じ水を飲んでいるという意識は、今までどこにいてももったことがなかった。同じ湧水が、たくさんの人の身体を巡る感覚。

・Gotemba Meetingの序盤、旅人として紹介を受ける前は会場のスタッフだと思われ、男性から食べ終わったカップを渡されたこと。「ごみこれ、はい」「あっ」「ありがとう」というやりとりがあった。

・旧マウント劇場オーナーの、加藤さんご夫婦を訪ねたこと。マウント劇場が興行上映していたころの様子や、お祭りや小学校での移動上映の話をきかせてくれた。はんこ屋さんの受付に座って、この街にとっての映画を考えた。

・最終日のGotemba Apartment Storeで、ついに食べられた絶品ナポリタン。ロバ夫さんこと森谷さんと、これから御殿場で起こせるかもしれないわくわくすることを話した。実現させたい。

・「友達」という素敵な名前の飲み屋で、JPさんのご友人たちと、勝呂さんと一緒に、生まれて初めて馬刺しを食べたこと。御殿場の馬とのこと。

・勝呂さんと最後の夜に、宿の共有スペースで話したこと。今後noctariumがどう変化していくのか、経営の難しさもありながら、どうしたらあの場所が、届いてほしい人に届くのか。そういう未来につながることを話した。


 今は11月24日、23時38分。このレポートの締め切り時間内には挙げきれないくらい、他にもたくさんの光景があったはずです。私が見た御殿場は、こういった瞬間の積み重ねでした。概念や思想など実体のないことではなく、小さくて、まぶしいくらいに具体的な出来事の集まりです。そしてそれらは、意図して残さなければ失われてしまうものだと思います。私も滞在中はたくさん映像を撮りました。カメラを向けることの不平等や、被写体となる方たちとの関係性もあるので、全てを記録することはできません。それでも、できる限りの交流を残しました。

 もし叶うのであれば、御殿場に住む方たちがこれまで残してきた写真や映像、日記、ホームムービーなどは、フィルムや紙、データなど媒体の劣化、破損が進む前に保管されるべきだと思っています。そこには地域史の大きな物語で語られることのない、生活の歴史が見られるはずです。

 この街の変化を望む人、特に意識をしない人、場所との距離感はさまざまだと思います。御殿場の姿を守っていくため、またはより良くしていくために何が必要か、もし仮に旅人としての意見が求められているとしたら、私は人の交流や生活の記録を残しておくこと、そしてそのアーカイブが広く開かれていることと答えます。

 今回滞在中に出会うことのできた御殿場は、私たちを旅人として歓迎してくれた方々のお勧め、言葉、人間関係に導かれたものでした。街がどうだったかときかれると、正直つかみきれない部分が多く、種々多様なパッチワークのような印象を受けました。まだまだ未知の部分がたくさんあるようです。

 私個人が御殿場に滞在したことで、何かがすぐに変わったとは思いません。それでも振り返ると、ホストの方々と一緒になって交流の記録を残したことで、誰かの目に触れる可能性が生まれたのだと思います。未来につながる小さな種を少しだけ、まいておくことができた。今回の滞在を通して、再会したいと思う人たちに出会えたことは間違いありません。種をまいたからには、またその場所に戻って水をあげ続けないといけないはずです。花が咲くまでには時間がかかるでしょう。そして咲いた後もまた。

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