香川裕樹 清水・三保地域 「滞在まとめ」

マイクロ・アート・ワーケーションの旅が終わってから2週間が経過した。
このプログラムの内容を最初に知った時、具体的な成果物や発表といった明確な結果が求められていないことに驚いたのと、「そこでどう過ごすべきか」という漠然とした疑問が浮かんだことを覚えている。
旅人であるアーティストは、何かを制作したり表現するという目的意識を持たずにその土地を訪れ、受け入れてくださるホストの方や地域の人々と出会いながら自由に旅を進めていく。それはプライベートの観光やワーケーションとはどう違うのか。旅をする前の私はなんとなくそう感じていた。
1週間の滞在を終えた今、改めて振り返ってみることで、この旅が一体なんだったのかを少しずつ考えてみることにした。


冒頭にも述べているが、このプログラムには成果物や発表といった結果が求められていない。ただ、旅人(アーティスト)にとって、作ることや表現することは生活の一部であり、普段とは異なる環境においてもそれは変わらない。私自身も、ごく当たり前に興味対象をリサーチしたり、制作や表現につながる何かを探すような意識のもと旅をスタートさせた。けれども、次第にそういった態度が人や場との出会いの妨げになっていると感じ、旅人としてそこに滞在することだけに意識を切り替えていくことにした。そうした方が、まだ可視化されていない地域の魅力や人のつながりが見えやすくなると思ったからだ。
旅にリサーチや制作といった目的を設けてしまうと、おのずとそれ以外のものが見えにくくなってしまう。また、この出来事をきっかけに私自身も旅人らしく振る舞まったり、旅人であることを演じている自分がいることにも気付かされた。
素性がわからない部外者が、その土地に溶け込もうとする時、旅人という肩書きは一番手取り早いし、理解してもらいやすい。この企画で作家、ダンサー、建築家、キュレーター、アートディレクター等を「旅人」と一括りにしていたのがとてもしっくりときた瞬間であった。

MAW実施にあたり、ホストである株式会社Otonoさんがアートやアートプロジェクトに対して迎合したり、必要以上にそういったものを取り入れようとしなかったことはとても大きかった。アートという分からないものに対して分からないという誠実な態度をとってくださったおかげで、我々アーティストはとても健全な旅をすることができた。
私が滞在した三保地域には世界文化遺産にも登録されている三保松原があり、歴史をたどると様々な芸術作品のモチーフやインスピレーションの源として機能していて、それらを包括的にアーカイブしたり展覧会形式で情報を発信する拠点として静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」がある。三保松原とみほしるべ、そこに拠点を構えるOtonoとそれを取り巻く地元の人たち。三保はこれ以上アーティストや文化は必要ないくらい豊かな場所であり、それぞれがバランスよく存在していて均衡が保たれていた。

このプログラムはアーティストが地域住民と接点を持つきっかけをつくり、新たなプロジェクトやコミュニティの未来作りといった可能性を見出すことが目的でもあるのだが、個人的にはアーティストは地域に何も求める必要はないと思うし、地域もアーティストに何も期待するべきではないと思う。それぞれが、バラバラに自立した状態で活動していて、たまたま静岡県の三保という場所で知り合ってお互いを認知したにすぎないのである。交流を継続する義務も使命も本来はないが、行きたい時にふらっと立ち寄れる場所が、住んでいる街以外にいくつかあるだけで、心の豊かさや生きるうえでの余裕みたいなもは培われやすくなると思う。プライベートな旅行や成果物を目的としたレジデンスで訪れていたら、そういった感情は抱いていなかったかもしれない。

この1週間という時間の中で、私は旅人として滞在しつつ、そこで暮らしている自分の姿も想像していた。移住や定住を考えているという話ではなく、ただそこで生活している自分を思い浮かべるだけで、いつでもその地を訪れることができる身軽さみたいなものを持ち合わすことができたような気がする。

この旅で出会ったすべての方に感謝します。
ありがとうございました。


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