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かずさ「三保全」(滞在まとめ)

三保での旅を終えて十日以上が経ち、思い返して書こうとした時、視覚的に想起されるものは、奥行きを感じさせない平らな空の青さと、音の記憶は強い風が運ぶ波の音だった。富士山はいつもわたしを混乱させた。青過ぎる空と富士山。その前に立つと合成写真のようにくっきりと姿かたちが浮き立ってくる。泡立つ波の白さを写し取ったかのようなはちまき石。黒い、と三保の人たちが口々に言う砂浜の砂の黒さを「黒い」と感じることはついに最後までなかった。
強い風が吹く日の波音は筆舌し難い。海は昨日までとはまるで違う表情を見せ、地面を削り取っては跳ね上がり、高い所から落とし、何かを打ち付ける様な音。次こそは波が足元までやってきて、飲み込まれるかもしれない、と感じる恐ろしい音、その残音が耳中に残っている。
見るもの、聞くもの、全て新鮮で、旅らしい旅だった。
旅には始まりと終わりがある。
日常には始まりも終わりもない、或いは、気がついたときには始まっているものだろう。
旅の始まりとは、旅支度をしている時に始まるものだと思っている。かばんにあれやこれや、必要なものをつめているその時間から旅は始まっている。日常から過分にならない程度の持ち物を予測して、かばんにつめる。雨が降るかもしれないと折り畳み傘をかばんにいれた。だけど必要だった物は傘ではなく、帽子だった。余りにも強い日差し。遮るもののない空から降る光が、三保にはあった。砂浜に素足で立った時に感じた熱は、そのまま仰向けに寝そべった時、目蓋を焼いた太陽が温めたものだった。目の上に両手の平を重ねて蓋をしても、隙間から入り込んでくる光。
六日目、ついに鍔のある帽子を買う。小さなひさしが光をさえぎり、目蓋に日除けの影を落とす。


わたしは2019年に横浜に居住地を移すまで約十五年間、日本国内、主に西側で移動を繰り返し長期滞在をしながら生活をしていた。短ければ三ヶ月、長くても一年で次の街へ移動するため「住んでいる」というよりは「滞在している」という表現の方が合っているだろう。その間、行きつ戻りつして、同じ街に何度も滞在していた。高野山(和歌山県)には半年滞在して離れ、また半年、一年、というようなことを何度も繰り返していた。別府(大分県)、淡路島(兵庫県)も二度長期滞在をした。
勿論半年から一年も居ると隣人との近所付き合いがあり、気に入った店に度々通うこととなり、その街のルールに従ってゴミの出し方を覚える。その街に少しずつ身体が馴染んでいく。シャワーの湯さえ温泉の別府では髪質が変わり、標高約800mの高野山では早寝早起きをするようになる。行く土地土地で自分の話し言葉さえ変わってゆく。
それでも、完全に馴染み切る前に次の土地へと移動していたのは、わたしに覚悟が無く、希望と余力があり、身体が変化に追いついていたからだろう。
「旅」というものは、わたしにとって金銭的ハードルの高いものだ。長期滞在を繰り返した末に今、横浜に居住地を移して五年目。一日二日の遠出をすることはあっても、一週間の旅に出る程の金銭的な余力がない。芸術祭に参加するために長期滞在をすることはあっても、それは仕事で旅ではない。
マイクロアートワーケーションも勿論お金を頂いている以上仕事ではないとは言い切れないが、一週間アーティストが旅人として旅をする。そんな大変貴重な機会に恵まれたことを心から感謝している。

わたしが旅から持ち帰ったものは、2023年11月1日から11月7日の、冒頭に記述した視覚と聴覚の記憶、そして鍔のついた帽子である。願わくば三保に再度訪れたい。冬も太陽は変わらずに地面を暖めているのだろうか、海は厳しさを増すのだろうか。春は花が咲くのだろうか、無人販売所にはどんな野菜が並ぶのだろうか。夏は海水浴場で泳ぎたい。海面をキラキラと眩しい光が跳ねているだろうか。
美しい松林を美しく保つために、今日も住民の皆さんが松葉かきをしているだろうか。次に三保を訪れる時、2023年11月1日から11月7日の三保を知っているわたしは、きっと鍔のついた帽子を忘れずにかばんにつめる。そしてその時、何を感じとるのだろうか。

改めて、マイクロアートワーケーションの取り組みを行う「アーツカウンシルしずおか」に感謝申し上げます。
ホストとなり温かく迎えて下さった(株)Otono、青木様、増田様、ありがとうございました。
偶然にも旅を共にすることとなった、旅人の香川さん、宮さん、ありがとうございました。
そしてお話を聞かせてくださった、出会った皆さんに心から感謝申し上げます。
またお会いしましょう!

11/1 「たの清水・みほチック」(1日目)
11/2 「うれ清水・みほチックタック!」(2日目)
11/3 「キラキラまぶ清水・メルヘンな草薙」(3日目)
11/4 「松葉かき交流会で碗琴道やってみたミホ!」(4日目)
11/5 「マグロからのふたたびの草薙」(5日目)
11/6 「三保チルべ」(6日目)
11/7 「愛しみず」(7日目)

Photo by 東写真館
Photo by 東写真館

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