【番外編】切除不能大腸がんに対する原発巣切除について

 こんばんは、そふぁーです。
 JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の研究から、比較的興味深いものが出ていますので、今回はそちらをご紹介します。元々は今年の1月に報告されていましたが、論文の掲載は先日でしたので待っておりました。

1.論文について

タイトル:Primary Tumor Resection Plus Chemotherapy Versus Chemotherapy Alone for Colorectal Cancer Patients With Asymptomatic, Synchronous Unresectable Metastases (JCOG1007; iPACS): A Randomized Clinical Trial
著者:Kanemitsu Y, Shitara K, Mizusawa J, Hamaguchi T, Shida D, Komori K, Ikeda S, Ojima H, Ike H, Shiomi A, Watanabe J, Takii Y, Yamaguchi T, Katsumata K, Ito M, Okuda J, Hyakudomi R, Shimada Y, Katayama H, Fukuda H; JCOG Colorectal Cancer Study Group.
雑誌等:J Clin Oncol. 2021

■概要
対象:JCOG大腸がんグループの参加施設
期間:2012年6月ー2019年9月
患者:上記期間に登録されたステージIV大腸がん患者165人
比較:標準治療の化学療法単独実施群(82人)、原発巣切除先行群(78人)の生存期間
結果:追跡期間中央値22カ月における生存期間(OS)中央値は化学療法単独実施群の26.7カ月(95%CI21.9-32.5)、原発巣切除先行群では25.9カ月(同19.9-31.5)だった(ハザード比1.10、95%CI0.76-1.59、one-sided P=0.69、図)。

2.原発巣切除が行われてきた意義と問題点

 まず、大腸がんステージⅣというのは遠隔転移が認められます。遠隔転移側も切除可能であれば、外科術の適用となりますが8割は遠隔転移巣の切除が困難です。一方で、がん細胞の中でも増殖能に優れた細胞群であるがん幹細胞[1]は原発巣に豊富にあるのではないかとも言われてきました。
 このがん幹細胞を除去する事は、がん細胞の増殖を弱め病勢を衰えさせるという希望があったのです。一方で、がん細胞のように遺伝子変異が起こりやすい細胞では がん幹細胞⇔がん細胞 と行ったり来たりを繰り返している可能性も否定できず議論になっていました。その他にも腫瘍からの出血や無症状から消化管狭窄へ発展する可能性を潰せるという意味もありました。
 そもそも、大腸がんステージⅣというのは何らかの消化器症状を呈したために受診し発見される事もあります。つまり、原発巣による消化管狭窄があるなど積極的な切除が求められる事例も当然存在するという事になります。
 従って、本論文が指摘するのは無症状の大腸がんステージⅣ患者に対しては、原発巣切除は不要である蓋然性が高いという事になります。
【原発巣切除の意義】
消化管狭窄など自覚症状あり:従来通り切除推奨
なし:従来は出血や狭窄リスクの低減を目的に行われたが、不要となった


 また、原発巣切除には大きな問題点が含まれています。それは、大腸がんに著効するアバスチン(ベバシズマブ)という分子標的薬が使用が遅れるという点です。このお薬は血管を新しく作る能力を減らし、がん細胞の栄養補給を断つという効果があります。その一方で、傷口を直す力も減らしてしまう事から術後一定期間は使用できません。
 従って、本論文によって不要の原発巣切除が減ることは、アバスチンの適用開始日を早め、早期治療に繋がるという側面があります。
【原発巣切除の問題点】
アバスチンの導入が遅れる

3.原発巣を抱えた患者さんへの心理的なケアの必要性

 確かに EBM の観点からいえば、原発巣による症状が無いステージⅣ大腸がん患者さんに対する原発巣切除が不要であることは今回の報告で明らかになっています。
 しかし、患者さんにとって自分を苦しめるがんの原発巣を抱えたままでいるというのは心理的な負荷が大きいという点を見逃してはなりません。実際、切らない=助からない、切る=助かるかもしれない、という考えが患者さんの中にはあります。従って、ここをどのようにケアするかは極めて重要な臨床的課題になります。
 ガイドラインがそうなっているから、最近の報告で切除してもしなくても同じだから、といった心無い説明を私は好みません。まず、標準治療による効果の重要性を説明する事が重要ではないでしょうか。
 例えば、ファーストラインとして用いるレジメンである mFOLFOX6 + Bmab や CapeOX + Bmab は、がん細胞が増えようとしたときに間違えた材料を使わせ、がんが死んでいく上に栄養補給に必要な血管を作らせなくする。つまり、がん細胞というお城を兵糧攻めにした上に毒まで盛るという手の込んだ戦い方をしていくのです。
 当然、毒を持って敵を制する部分がありますから副作用も出ます。しかし、今は副作用をよく抑えるお薬が増えました。
 しっかりとリスクとベネフィットをお伝えし、尚且つリスクコントロールについてお話する事が重要だと私は思います。特に多くの患者さんが外来化学療法へ移行しますので、看護師さんや薬剤師さんとの連携によって密なケアを行う事が大切でしょう。

参考文献

[1]Ricci-Vitiani L. et al., Nature. 2007

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