【論文紹介】IBD論文を読もう 12/2

こんばんは、お久しぶりです。
今日は、最近注目されている IBD の研究について少し触れていこうと思います。

1.IBD患者の健康度調整平均寿命は短い

論文
Life expectancy and health-adjusted life expectancy in people with inflammatory bowel disease.
Kuenzig ME, et al. CMAJ. 2020.

 まず健康度調整平均寿命(HALE)という言葉を聞きなれない方も多いと思います。本邦では、専ら健康寿命という指標を用いていますが、WHOは非常に多くに指標を用いて、この健康度調整平均寿命というのを算出し、国際比較をすることを推奨しています。
 今回の論文は、この Health-adjusted Life Expectancy (HALE) を用いた論文をご紹介します。
 手法などについて詳しい言及は避けますが、結果としては

・IBDのある人とない人の健康調整済み平均寿命の差は
女性:9.5~13.5歳
男性:2.6~6.7歳

 つまり、いかに平均余命の差がなくなってきたとはいえ、健康度で調整した人生の時間については健常者と比較して非常に大きな差があるという点です。
 これは、多くの方が実感していることだと思いますが、我々 IBD 患者は、この HALE の指標では計算できない部分でも不便を感じる部分は多いといえます。例えば、便意切迫というのは特に就学期では、大きな精神的負荷になりますし、就職後も職種によっては大きな足枷になり得ます。
 一方で、現在までこうした細かい指標を基にした報告が少なかったというのも事実であり、本論文を関係諸団体は啓蒙活動に引用できるのではないでしょうか。
 ただし、この論文の限界(limitation)として、HALE の倫理的限界点があります。それは、計算上「人が生きてきた期間の質を、他人が勝手に評価する」部分が大きいという点です。これは、厚生労働省が2019年に行った健康寿命に関する有識者会議でも指摘されていますが、人生が幸福であったかを定量的(一定の数値として)評価することは倫理上重大な問題を含みます。この点には、しっかりと配慮して頂きたいと思います。

2.ストレスが負荷となる人とならない人がいる

論文
Psychologic stress and disease activity in patients with inflammatory bowel disease: A multicenter cross-sectional study.
Araki M, et al. PLoS One. 2020.

 次の論文は、精神的なストレスに関する報告です。ある程度の方はご存じの通り PLoS One なので、批判的な部分もあると思います。ただ、阪大の飯島先生を始め、著者の先生らと内容を見る限りでは非常に良い論文だと考えています。
 この論文の学術的な問題は、精神的ストレスの感受性に関する差を確認したものの、それを裏付ける分子的なメカニズムが解明されていない点です。個人的には看護学的視点が強い研究だと思っています。
 本報告では
・クローン病患者:CDAIスコア150以上
・潰瘍性大腸炎患者:部分Mayoスコア2以上
を「疾患活動性あり」と定義して、抑うつの程度(CES-Dスコア)を比較しています。
 その結果、精神的なストレスがIBDの活動性と関連すると答えた人は CES-Dスコアと疾患活動性が相関していましたが、関連しないと答えた人では相関しないという「自己申告の通りに疾患活動性が見られた」という結果になっています。
 お読みの方は違和感を感じていると思いますが、非常にバイアスが強い研究です。当然ながら、ストレス⇒疾患活動性ではなく、疾患活動性⇒ストレスという可能性もあるのです。実際、IBDと精神疾患との関連性についても報告は多く (Bonaz BL & Bernstein CN, Gastroenterology. 2013)、そもそも精神疾患の背景には慢性炎症があるというのも、昨今報告が多い領域です (Nie X. et al. Neuron. 2018)。
 つまり、この結果からは精神的ストレスの疾患活動性が前後どちらで関与するのかが分からないという最大の問題点が解決していません。これが、この論文のlimitationであり、欠点です。
 一方、学術的には新規性に乏しいと言わざるを得ない部分がありますが、本邦で行われた大規模なアンケート調査は、非常に少ないのが現状です。従って、臨床的な価値は非常に高い論文なのです。

3.最後に

 コロナ禍の中ではありますが、世界中の研究者は IBD 研究の手を止めていません。如何にして皆さんの命を守るか、大きな制約の中でも診療のレベルを維持するかを苦心しています。
 しかし、病気というのは医療側の努力だけでは絶対に克服する事が出来ない領域です。皆さん個々人の努力も、重要になります。

 IBD の場合、疾患活動性と感染症の活動性が相関しますので、再燃中の方は外出の際に十分な注意を払う必要があります(マスク、こまめなうがい手洗い、疲れが出ない範囲、人が少ない時間帯に出かける)。
 さらに、毎日の食事をバランス良く取り、答えの出ないことに不安を抱く回数を減らしながら、しっかり疲れてしっかり休むというサイクルを維持する事が大切です。

 今は、マスクの供給も安定化していますので、ご使用頂くことに全く問題はないと思います。ただ、今後、医療物資の切迫があった場合には不安から買い漁ることなく適切な購入・備蓄を進めることをお願い申し上げます。
 また、日常から衛生観念の向上をお願い致します。IBD はインフルエンザなど急性の感染症により症状が悪化する場合があることも知られています。ワクチンの接種や、うがい手洗いにしても、その動線で汚染が広がることが少ないように注意してください。

 Twitterを辞めてある程度経ちましたが、皆さんが笑顔であることを願っています。

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