【各論】IBDは遺伝するのか?

 お久しぶりです。一か月もnoteをさぼっていたそふぁーです。
 今回は、最近ツイートで少し話題になっている遺伝について整理していきたいと思います。

1.遺伝する病気ってどういうもの?

 まず、整理しなければならないのは、一般の方が使う「遺伝」という言葉と我々医療が用いる「遺伝」には違いがあるという点です。例えば「遺伝性疾患」という言葉は、単一遺伝子、染色体、あるいは複数の遺伝子の変異が原因となる疾患を指します。実は、親が遺伝的素因を持っていなくても「遺伝性疾患」にはなります。
 なぜなら、ヒトに限らず全ての生物種では突然変異が起きるからです。
 如何でしょうか。恐らく皆さんが思う「遺伝」とは違うのではないでしょうか。

2.IBD は遺伝するの?

 ここでは、親から何らかの遺伝的素因を受け継いで IBD になることを「遺伝する」とします。実際そういう事が起こるかと言えば、確実ではなくリスクが上がると考えるのが最も適切です。
 例えば、現在 IBD の疾患感受性遺伝子 (ある病気を発症しやすくなる遺伝子、持っていても必ず発症するわけではない) は200以上発見されています【1】。最も著名なのはNOD2などですが、ここで問題なのは報告されている遺伝子多型などを組み合わせても IBD 全体の1割しか説明できないという事です。

3.まだ見つかっていないだけじゃないの?

 確かに、一昔前までは遺伝子の解析というのは非常に時間のかかる作業でした。有名なワトソンとクリックの論文を読んでいただいても分かりますが、当時これで論文化可能だったのかと驚く若い方々は多いと思います。
 しかし、今はゲノム解析技術は目覚ましく進歩を遂げました。先ほど例示した NOD2 は 2001年にクローン病の疾患感受性遺伝子として世界で初めて報告された遺伝子ですが、日本人には関係なかったことが分かっています【2】。
 これらの報告を受けて、日本人のクローン病患者を対象に調査が行われました。その結果、日本では TNFSF15 遺伝子が見いだされ、これは欧米でも疾患感受性遺伝子であることが分かっています【3】。この遺伝子は、炎症誘導性のT細胞群である Th1/Th17 の経路に関与するもので、最近の報告ではこれ以外にも複数の領域が指摘されています【4】。
 しかし、その一方で先述のように9割が遺伝子では説明がつかないのも事実です。全ゲノム解析が盛んな現在でも見当たらない以上、俗にいう遺伝の可能性は極めて低いといえます。

4.潰瘍性大腸炎では?

 遺伝子の重要な情報として、ある部分がメチル化されているというものがあります。これは遺伝する場合もあれば、環境でメチル化される場合もあります。
 このメチル化部位を調べた研究では、クローン病と潰瘍性大腸炎のメチル化には共通した部位があり、いくつかの特異的なメチル化が起きている可能性が示唆されました【5】。それでも全体を説明するには圧倒的に足りません。

5.人種差はあるの?

 これは日本人が NOD2 の変異を有していないことからも分かる通り、あります。例えば先述の TNFSF15 は日本人では強く疑われた者の、欧米人では影響が大きくないことが示唆されましたし、IL23Rのようにヒト全体で影響が強いものもあります【6】。

6.では遺伝の研究は意味がないの?

 実は、遺伝の研究というのは原因解明だけに利用されるものではありません。新生児マススクリーニングが行われるように、早期発見にも十分役立つのです。
 例えば、まだ検討段階であるものの超早期診断炎症性腸疾患に次世代シークエンサー(遺伝子配列を高速に、特徴まで読んでくれる機械)を用いて診断可能かを検討した論文があります【7】。結果として、有望であることが示され、遺伝に関する研究の有用性が示されました。しかし、これによって遺伝性が示されたのではなく、どの段階でこうした遺伝的特徴を得るかは判然としていません
 それだけではありません。IBD 治療で用いるチオプリン製剤(アザニン、イムラン、ロイケリン)を体の中で無毒化したり、使いやすくする酵素を作るための遺伝子が変異を起こすことで効き目が50倍以上異なることも分かっています(NUDT15)。その他にも、プログラフ(タクロリムス)の代謝酵素である CYP3A5 の遺伝子多型が治療成績に与える影響も報告されています【8】。ちなみに NUDT15 は骨髄抑制などの副作用には関わることが報告されていますが【9】、膵炎などを予測する遺伝子としては異なるものが報告されています【10】。しかし、この膵炎予測遺伝子は、日本人を対象とした研究では関連が認められていません【11】。このように遺伝子を解析する研究は、病気の治療や診断にも応用が可能なのです。原因を探るだけでなく、遺伝子の研究をすることで、皆さんの病気を早く見つけ、より良い治療を提供するべく、世界中の研究者が現在も研究を続けています。

7.最後に

 いかがでしたでしょうか。遺伝という言葉の裏にある様々な研究と、その難しさを体感していただければと思い、普段よりも少し多めの論文からお話を進めていきました。
 今回は疾患感受性遺伝子という部分に特に焦点を当てていきましたが、これを気にしていたら子作りは出来なくなります。というのも、我々は何かしらの感受性遺伝子は持っています (IBD に限らず)。全く持っていないという報告は現在まで私が知る限りではありません。
 大切なのは、両性の合意に基づいて適切な環境下で子を授かることです。そして、もしもお子さんが病を得た場合に、良い専門医を探す力を持っておくことです。
 家族は、お子さんの主治医ではありません。
 配偶者は、パートナーの主治医ではありません。
 遺伝は非常に難しい問題をはらんでいるものの、我々はそれを克服する術を持ちませんし、子を授からないという選択は遺伝だけで決められるものでもないと私は思います。
 もしご心配があれば、主治医らとしっかり話し合い、時と場合によっては遺伝カウンセラーと相談するのも良いでしょう。

参考文献

【1】McGovern D. et al. Gastroenterology. 2015
【2】Inoue N. et al. Gastroenterology. 2002
【3】Yamazaki K. et al. Hum Mol Genet. 2005
【4】Kakuta Y. et al. J Crohns Colitis. 2019
【5】Ventham NT. et al. Nat Commun. 2016
【6】Liu JZ. et al. Nat Genet. 2015
【7】Charbit-Henrion F. et al. J Crohns Colitis. 2018
【8】Hirai F. et al. J Gastroenterol Hepatol. 2014
【9】Yang SK. et al. Nat Genet. 2014
【10】Heap GA. et al. Nat Genet. 2014
【11】Kakuta Y. et al. J Gastroenterol. 2018

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