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入居者専用の食堂「トーコーキッチン」を経営する理由は、目先の利益ではなく、ずっと入居者が気持ちよくお金を払う気持ちをデザインするため

ある不動産屋が経営する食堂。ここでは、日常的には介すことのない、入居者とオーナーと不動産屋のコミュニケーションが起きているという。

朝食100円。ランチ・夜500円。一汁三菜。栄養バランスがとれた定食を、不動産屋さんの入居者だけが食べられる食堂「トーコーキッチン」。

なぜこんな破格な定食を提供しているのか。なぜ入居者限定なのか。食堂は不動産屋にとってどのような機能があるのか……。

先日、偶然トーコーキッチン経営者の池田さんと出会う機会があり、彼のご厚意でトーコーキッチンにかける想いを聞かせていただき、この度noteに掲載させていただけました。

その日、私の心に響いたのは「気持ちよくお金を払うシステムをつくる」という、自分たちのサービスに関わる人を幸せにしたいという純粋な池田さんの温かい想いでした。

■トーコーキッチンがあるから住みたくなる

JR淵野辺駅から徒歩2分のところにあるトーコーキッチンは、いわゆる町の不動産屋さんが経営する少し変わった食堂です。

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淵野辺は新宿から電車で1時間。

3つの大学がある、静かな住宅街です。駅前には大手スーパーマーケットの他に、八百屋や魚屋が並ぶ昔ながらの商店街があります。連なり歩いている大学生の隣を、ベビーカーを押す子連れの若い人やゆっくり歩くおじいちゃんやおばあちゃんがいて、のどかな印象。

決して都心とは言えない淵野辺ですが「最近住居者数が増えている……?」なんて噂があります。その理由が「トーコーキッチンを利用したいから」なんだそう。

■朝食100円、昼食・夕食が500円で食べられる

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商店街を歩いていると、ふと目に入ってくるガラス張りのお店。カウンターの席で食事をしている若い男性が見えます。

近づいてみると、入居者のための食堂という看板が。どうやら今日の目的地トーコーキッチンはここのようです。

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ガタガタガタガタっ。

どうやら鍵がかかっているようです。あれ? 間違えた……?と悩んでいると、中から一人の男性が扉を開けてくれました。

「こんにちは~。ここ、住居者専用の食堂なんですよ。あ、でも、よかったら食べていきますか?お試しでご利用することもできるんですよ」

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▲東郊住宅社 池田社長

と、人懐っこい笑顔で声をかけてくれたのは、東郊住宅社社長の池田さん。

カフェかレストランかと思い、私のように入ろうとする人が多くいるようで、池田さんがいれば気さくに声をかけているんだそう。食堂なのに、誰でも入れるわけでないというのは、なんだか不思議な感じです。

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中に入れていただき、早速お話を伺います。

■利益目的ではない。お客様との関係づくり

ー早速ですが、トーコーキッチンについて教えいただけますか?
朝8時から夜8時まで「朝食100円、昼食・夕食500円」で毎日利用できます。うち(東郊住宅社)の物件に入居してくださってる方に、ここの鍵をお渡ししてます。

基本的には入居者専用の食堂ですが、友だちを連れてくるのもOKです。なので、自慢げに友人たちを連れてきては定食を振る舞っている人もいますよ。

振る舞うと言っても、もちろん作っているのは食堂の人たちで、友人たちがお金を払っているのですけど(笑)

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「朝食100円、昼食・夕食500円」は、かなりの破格だと思うんですが、そんなに安くて経営的に大丈夫なのでしょうか……?

100円の朝食はさすがに赤字です(笑)

500円定食と合わせて、収支はトントンになる価格設定です。あくまで入居者サービスのためで利益は考えていません。

より多くの人に選んでもらえる価格にしています。

実は500円定食、はじめは昼500円、夜700円でした。
けど700円だと、他の飲食店舗でもコンビニ食でも十分に食べれたりと、選択肢が多くうまれてしまい、選んでもらえなかったんです。

いろいろ考えた結果、700円で10人の学生からもらえる7000円より、500円で14人の学生からもらえる7000円の方が、同じ7000円でもトーコーキッチンにとっては価値が高いという判断をしました。オープン3ヶ月時点だったかな。

そして、結果、正解だったなーと。

もし利益が出たときは「少しいい食材を使う」など定食の質をあげるようにして、利用者の皆様に還元しています。

また利益ベースで経営してないので、食材は淵野辺の農家さんや魚屋さんから買い付けています。ほかにも、物件のオーナーさんのご実家が農家さんでそこから購入したりと、なるべくトーコーキッチンの関係者の方が幸せになるような選択をしているんです。

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ーところで、なぜトーコーキッチンを始められたんですか?
食堂でのコミュニケーションによって、入居者の方と不動産オーナーさんたちの満足度があがると思ったからです。

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それによって、僕たち東郊住宅社の不動産屋さんとしての価値も生み出してくれるんです。入居者の方に必要とされるサービスや価値を提供するのって、僕たちにとっても一番うれしいことでもありますしね。

ー満足度というのは、トーコーキッチンの破格な定食のことでしょうか。
そうそう。それも理由の1つ。

食ってどこで暮らしても必要なもので、かつ、一番気をつけないといけない部分じゃないですか。

一人暮らしを始める学生の親御さんが「子どもの食事が心配」ってよく聞く話ですが、ありがたいことに、そういった方が「トーコーキッチンがあるんだったら」と契約してくださることが多いです。

結果として、一人暮らしの高齢の方が健康のために食事をされに来たり、両親が共働きの小学生が夏休みに「食堂に行くように」と渡された500円玉を握り締めて一人でやってきたこともあります。

ー小学生が一人でやってくるんですか?
そうなんです。トーコーキッチンなら子供を預けても大丈夫だと、認識していただいたってことですよね、きっと。

ここがそんな場所であることが、すごく嬉しいんです。

価格としても、場所としても、安心して使ってもらえる場所であってほしいので、この価格で入居者専用で経営してよかったと思っています。

ー不動産屋さんとしての価値があがる、というのは?
多くの人は、家を決めるときは不動産屋さんに紹介してもらって、そこでおしまいだと思うんです。

でも僕は「不動産屋と入居者の関係が始まった」と思っていて。

本来、入居してから「どんな人なのか」「困ったことがないか」そういったコミュニケーションが生まれると思っています。その時に、トーコーキッチンはそういったコミュニケーションを生み出す場所となってくれます。

「不満はないけど不安」をなくすために

ー入居してから始まる関係、ですか。
僕は、日本で一番『味はどう?』と入居者に聞いている不動産屋さんなんじゃないかな。トーコーキッチンがあるから、入居した後も関係が途切れずに、日常的に会話ができるんです。

食事の延長で、例えば「あの物件のドアの立て付けが悪い」とか「実家に帰るから1周間ほど家を空けている」など、不動産管理に必要な情報も集まってくるんです。

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よく食堂に来る学生さんには「食堂のおっちゃん」だと思われていて、不動産会社だというと「え!」と言われるほどです(笑)

僕としては、今住んでいる家に不満はないけど、困った時に「どうしたらいいだろう。不動産管理の人に連絡すればいんだっけ……?」と不安になる。といった状態をなくして、安心して暮らしてほしいんですよね。

「不満はないけど、不安」をなくすために、コミュニケーションが必要で、そのために「トーコーキッチン」という仕掛けをつくったというのが正直なところですね。

僕たちの不動産屋って、選ばれる理由が結局物件のスペックによりがちなんです。そうではなく、うち(東郊住宅社)=トーコーキッチンがあるら選ばれる、つまり不動産屋としての価値があがっているんです。

ー最近、よくコミュニティや出会いをコンセプトにした飲食店舗が流行っていますが、そういったものを意識されたんですか?
よく言われるんですが、コミュニティではないんです。コミュニケーションをつくるために、食堂が適していた。という感じですかね。

入居者専用と謳っているんですが、実は不動産オーナーさんや管理に関わる清掃さんや警備さんにも鍵をお渡ししていて。なので、オーナーの方にも利用してもらい、利用者の姿を見て安心してもらってます。

オーナーさん、入居者さん、不動産屋の僕が一緒に会話をすると、今度はオーナーさんが入居者さんに野菜や果物を差し入れしたいと言ってくださる方もいたりします。そういったときはサービスとして、皆様にお出しています。

■食堂は「気持ちよくお金を支払ってもらう」ための仕組み

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ーコミュニケーションが大切だとしても、物件の管理をおこなって問題なく運用するだけでも、世の不動産屋さんは問題はなく経営できています。それでも食堂を続けられるモチベーションはどこにあるのでしょうか。

「気持ちよくお金を払う仕組みをデザインしたい」と思っていました。たしかに食堂だけを見てしまえば、収益の立っていない事業です。

けれど不動産屋さんが、入居者さんたちとコミュニケーションをとるために食堂を運営するという手間ひまをかけることで、満足度をあげることができます。

例えば、一汁三菜の定食が安く食べられる、いつでも相談できる相手がいるメリットがあることで、お客様が予算にしていた家賃よりも5,000円高くても「親身になってくれるトーコーキッチンがあるなら、いいね」と前向きに言ってくださる方がいるんです。

実際、東郊住宅社は淵野辺周辺の相場よりも若干高い家賃設定をしているんですが、空室率は1.5%と極めて低いです。東京や神奈川での平均空室率が30%以上であることを踏まえると、本当にありがたいですね。

■実は広告でもあり、営業ツールでもある

しかも、トーコーキッチンを始めたことで、自分たちでゴリゴリに営業をしなくても入居希望者が来てくれるようになりました。

鍵を持っている人と一緒であれば友達を連れてきていいので「こんな食堂使えるの!いいな~!」となり、2年更新のときに「俺も入居したいっす」と言って来てくれる人がいるんですよね。

だから僕も、仲良くなると「今度の物件決めるときはぜひうちにしてね~」なんて言ったりして営業しています(笑)

それと同じような話なのですが、トーコーキッチンというサービスそのものが広告塔になっているのも感じます。

利用者の方がSNS上にあげてくれるんです。彼らのおかげなのか、「ネットの口コミを見て、東郊住宅社を調べました」と言ってくださる方も多くて。

ーたしかにこんな食堂が使えるのであれば、友達に言いたくなりますね!広告としての役割も果たしているんですね。

そうなんです。なので利益を出さないのも、ここで少し経費がかかってもいいと思えるのは、トーコーキッチンの運営に関しては広告宣伝費のような気持ちな部分もあります。

その他にも、東郊住宅社の社員がお客様と内見したあとにトーコーキッチンでお茶をすることで、なによりもお客様に理解していただきやすくなり、社員の成約率が上がってます。

成約率が低いのは社員の問題ではなくって、会社の仕組みや商品の問題だと思っているので、それが改善できたのはとてもよかったですね。

ーコミュニケーションをつくることで会社の仕組みも改善されていたなんて。まったく気づかなかったです……!
池田さん、今日はお時間いただきありがとうございました。トーコーキッチン次なる展望があればぜひまたお聞かせください!


■僕たちの「がんばるべきポイント」がトーコーキッチンだった

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私がお話を伺っている間にも、食事をしに来る入居者のかたに池田さんから「いらっしゃい」「今日は肉じゃがだよ」などと積極的に声をかけているのが印象的でした。

今回、池田さんのお話しの中で、心に一番響いたのが「お客様が気持ちよくお金をお支払いただくために、まず自分たちができる「がんばるべきポイント」がトーコーキッチンだった」という話でした。

「淵野辺って、あまり積極的に選ばれる土地ではなくって。通勤通学のために住む人が多い。けど、せっかく住むならこの町での生活を楽しんでほしいし、なるべくなら選んでもらって暮らしてほしい。食堂を経営することは、そのための手間ひまなんです。」

と楽しそうに話す池田さん。けれど、その裏にはたくさんの苦労もあるはずなのに、まったくそんな素振りはださない。

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今の時代、モノに囲まれ、情報も溢れる中で、選ばれるサービスを作るために必要なことは「自社のサービスで、お客様と関係者がみんなが幸せになる」視点なのだとお話を聞きながら強く感じました。

「みんなが幸せになる視点を持ちながら、選ばれる不動産屋を目指すために、トーコーキッチンが必要だった。」という話はお客様を一番に見て、何がお客様にとって一番幸せなのか、という『論語と算盤』を体現しているようでした。

「安くごはんが食べられていいな」という安直な満足度以上に、実は経営的な視点で、会社としても、自社の商品としても大きな役割が秘められていることに、胸が熱くなりました。

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▲この東郊住宅社のロゴの柄のタイルは、食堂の内部と外部、地続きに使われており、町の中と外をつなげるような絨毯を意味しているんだそう。

編集:長谷川翔一


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