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君が呼んだ。

私と同じ年齢の
あの喫茶店の
昔ながらの
あのナポリタンが食べたくて
私達はTAXIに手を上げた。

その時にはもう
おいしいおいしいナポリタンのあの匂いや
70歳を過ぎているのに50代にしか見えないマスターのシャイな笑顔や
壊れたインベーダーゲームのお気に入りのテーブルや
「あ~~、いらっしゃい」と言うママの「あ~~」の可愛らしさや
軒下に並ぶ鉢植の美しさへの期待で既に幸せになっている。

ふと、先に乗り込んだ彼のエネルギーが微かに変わって気になった。

横を見ると彼は自分の左手を無表情で見つめていて、
視線を追えばその人差し指を、見た事のない小さな虫が這って居た。

「殺さないで!」
「まさか!殺さないよ」
「何の虫?」
「ゾウムシ」
「ゾウムシ?」
「うん…かな。だと思う」
「良く知ってるのね」
「いや…わかんない、多分ゾウムシ」
「可愛いわね」
「うん。可愛い」
「一緒に入ったのかしら」
「わかんない。気が付いたら俺の手を這ってた」
「この中は可哀想だわ。一緒に降りて放してあげましょ」

そう言ったとたん、ゾウムシ(?)は突然飛んで隠れてしまった。
やん!ゾウムシって飛ぶのね。
TAXIの中が好きなのかしら。

ところで喫茶店は休みだった。

降りても仕方ないので行先変更。
新しい目的地をドライバーに告げる。

「隠れたままね、ゾウムシ」
「うん、降りたくないのかな」

私は「お好きになさい」と諦めて、
意識を「お腹減ったな」に向けた。

7分後。
さて、最初に降車したのはゾウムシだった。

ゾウムシはいつの間にかちゃっかりと私の左手の甲に姿を現していて、
絶対に傷付けないよう、私はその子の乗った左手を突き出しながら外に出た。


「使われたわね」
「だね」
「呼ばれたのね」
「そうみたい」


米粒ほどのゾウムシ(?)に良い様に使われて、
私達は気分が良かった。

「お役に立てたかしら」
「うん。そうだと嬉しいね」
「ほんとに嬉しい!」
「あーダメ可愛い!」
「ゾウムシが?」
「んーん、貴女が!」

ありがとう。とても素敵な日だと思った。


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