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【アーカイブス#102】やきいもから10年。シモーン・ホワイトの新しい歌。*2020年4月

シモーン・ホワイト(Simone White)。彼女の2009年のアルバム『Yakiimo/やきいも』と2012年のアルバム『Silver Silver/シルヴァー・シルヴァー』は日本でもPヴァイン・レコードから発売され、当時かなり話題にもなったので、シモーンの歌に耳を傾けたり、彼女の名前を覚えている人はたくさんいることと思う。とりわけ2009年のアルバム『やきいも』には、「やきいも」という歌が入っていて、シモーンは「やきいも/いしやきいも/やきいも/おいしいやきいも」と日本語で歌っていたので、一度聞いた人は強烈なインパクトを与えられ、その声が頭の中に焼き付いてしまったはずだ。「ある冬の夜、石焼き芋売りの軽トラックから流れてくるあの声を耳にしてえもいわれぬ郷愁を覚えたという、(シモーンの)日本滞在中の実体験から生まれた歌」と、日本でジャケット・カバーに貼られたシールには書かれていた。そこには「カレン・ダルトンや若き日のジョニ・ミッチェルにも準えられる類い稀な逸材」、「一度聴いたら耳を離れないシモーンの伸びやかなヴォーカルと、彼女自身の繊細なフィンガーピッキングに導かれたフォーキーでブルージーなサウンドには、完全に時代を超越してしまったかのような心地よさがある」というキャッチ・コピーも書かれていた。
確かにカレン・ダルトン(Karen Dalton)を思い起こさせる歌声、時代を超越しているかのような心地よさと、このぼくも『やきいも』を聞いてシモーン・ホワイトの歌の世界に完全にはまってしまい、3年後に『シルヴァー・シルヴァー』が発売された時ももちろんすぐに耳を傾け、『やきいも』以前の2007年のアルバム『I Am The Man』も手に入れて、彼女はぼくのお気に入りのシンガー・ソングライターの一人となっていた。

2012年の『シルヴァー・シルヴァー』以降、日本ではシモーン・ホワイトの名前にお目にかかったり、新しい歌に接する機会はほとんどなくなってしまったが、もちろん彼女は今も興味深い音楽活動を着実に展開している。
レコーディング活動に関して言えば、2012年の『シルヴァー・シルヴァー』以降、2015年にシモーンはドイツはライプツィヒのテクノ、エクスペリメンタル・ハウスのアーティストでプロデューサーのカッセム・モッセ(Kassem Mosse)と組んで3曲入りのEP『Three Versions』を発表。そこでは『シルヴァー・シルヴァー』に収められていた「Flowers in May」、「In The Water Where the City Ends」、「Long Moon」の3曲がカッセム・モッセとの大胆なコラボレーションによって新たな作品となり、再登場している。
2017年には、「The Beep Beep Song」、「You Maybe In Darkness」、「Sweetest Love Song」、「Only The Moon」、「We Used To Stand So Tall」、「I Am The Man」など2007年のアルバム『I Am The Man』に収められていた曲、2009年のアルバム『やきいも』に収められていた「Victoria Anne」、それに「Harvest」、「Little Heaven Little Blue」、「So It Goes」、「Genuine Fake」 、「Rain」といった新曲が収められたアルバム『Genuine Fake』が発表された。彼女の最新アルバムは2019年10月に発表された『Letter to the Last Generation』で、そこには『Genuine Fake』に収められていた前述の5曲の新曲のほかに「This Is All You Felt」、「Letter to the Last Generation」、「Tiny Drop」(アンドリュー・バードのバイオリンをフィーチャー)、「Shadow Pass」といった曲が収められている。

シモーン・ホワイトの歌はラブ・ソングが中心で、新しいアルバム『Letter to the Last Generation』でも、優しいキスを交わせばすべて解決できたはずなのに、あなたにいくらキスされてもわたしは強いままではいられなかった(「Little Heaven Little Blue」)、きみの願いを叶えてあげることはできないと言われて恋人に去られ、夜空の星を見つめ、星は何も考えずただ輝いているのに二人は諍いをしてもずっと別のことを考えたまま(「This Is All You Felt」)など、切なくて美しいラブ・ソングが歌われている。

シモーン・ホワイトのデビュー・アルバムは2003年に発表された『The Sincere Recording Co Presents』で、残念ながらぼくはそのアルバムが入手できなくてまだ聞けていない。早く手に入れて聞かなければ。2007年の『I Am The Man』や2009年の『やきいも』は、アコースティック・ギターを中心とした音作りで、シモーンの歌声や歌い方もまさにカレン・ダルトンを彷彿とさせ、全体的にフォークの雰囲気が強い音世界だった。しかしロサンジェルスのエレクトロニック、エクスペリメンタル・バンド、フォル・チェン(Fol Chen)のサミュエル・ビング(Samuel Bing)、ロサンジェルスの映画音楽家、エレクトロニック・ミュージシャンでプロデューサーのジュリアン・ワス(Julian Wass)と一緒に、バイオリンのアンドリュー・バードやヴィクトリア・ウィリアムスがゲスト参加して作り上げた2012年の『シルヴァー・シルヴァー』からは、フォークの雰囲気を残しながらも音楽的にはエレクトロニックで実験的な方向へと向かい、2015年のドイツのカッセム・モッセとの斬新なコラボレーションを経て、現在はアコースティック・ギターよりもピアノをバックに歌うことが多くなり、エレクロニックでポップな、よりカラフルで広がりのある音世界を作り上げている。
ちなみにみなさんもよくご存知のことと思うが、カレン・ダルトン(1937-1993)は、1960年代前半のニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンで活躍していたフォーク・シンガー・ギタリストで、『I Am The Man』や『やきいも』の頃のシモーンの枯れてフォーキーな声での歌い方をもっともっと強烈にした歌い方を特色としていた。カレンは現役時代はそれほど脚光を浴びなかったが、没後かなりしてから若い世代のミュージシャンたちに注目され、高い評価を得るようになった。

シモーン・ホワイトは、彼女のホームページからのインフォメーションによると、ハワイ生まれでアーティストのファミリーの育ち、母親はフォーク・シンガーで画家、父親は造形作家、祖母はバーレスク・パフォーマー、祖父は詩人、叔母は1950年代にポップ・ソングの曲を作っていたということだ(『I Am The Man』のジャケットには子供の豹と遊ぶ彼女の母親の1964年の写真やとんでもないコスチュームでバンドをバックにしてステージで歌う祖母の1950年の写真が使われている)。シモーンはこれまでにロサンジェルス、ユージーン、シアトル、ロンドンで暮らし、作家や役者、写真家として活動し、2000年にニューヨークに移り住んで初めて音楽の世界に入り込み、ステージで歌ったりレコーディングをするようになったということだ。現在の拠点はまたロサンジェルスになっているのではないだろうか。
現在までにソロとしての活動のほか、シモーンはフォル・チェン、ダイブ・インデックス(Dive Index)、ザ・ハプニング(The Happening)、Reinier Zonneveldなどとコラボレーションを行ったり、コマーシャルや映像への音楽での参加、それにさまざまなミュージック・ビデオの制作にも関わっている。また彼女のホームページには写真家としての作品もアップされている。

もしかして日本でシモーン・ホワイトをよく知っている人たちは「やきいも/いしやきいも/やきいも/おいしいおいも」の強烈な印象からまだ抜け切れていないかもしれない。しかしあれから10年以上、大胆に変化し、進化した今のシモーン・ホワイトの新しい歌にぜひ耳を傾けてほしい。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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