見出し画像

【アーカイブス#92】2018年9月末にブルース・コバーン奇跡の来日公演*2018年10月

今年 2018 年の 9 月末、ブルース・コバーンが日本にやって来て六本木の東京ミッドタウンにあるビルボード・ライブ東京でライブをする。9 月 29 日土曜日の 16 時 30 分からと 19 時 30 分から、30 日日曜日の 16 時 30 分からと 19 時 30 分からの、全部で 4 回の東京公演だ。これは絶対に見逃せない。ブルース・コバーンの大ファンのぼくとしてはまさに狂喜乱舞するしかないビッグ・ニュースで、今年最も興奮してしまうイベントのひとつとなりそうだ。まさに奇跡のようなできごとだと言える。
というのもブルース・コバーンが前回来日公演をしてからいったい何年になるのだろうか? ブルースの初来日公演は 1977 年、同じカナダのシンガー・ソングライター、マレー・マクローランとのジョイント・ライブで、その後 1980 年代初め、1990 年代初めと来日公演を行なっているはずなので、ぼくの記憶が正しければ、何と 25 年ぶりぐらいの来日公演となる。しかもこの十数年、ブルースが新しいアルバムを次々と発表しても、日本ではきちんと紹介されることなく、ほとんど話題にもならなくなってしまっている。そんな状況の中、来日公演のニュースがいきなり飛び込んで来たのだ。

もちろんブルース・コバーンは今も現役バリバリで、世界中で大活躍し、至る所で話題にもなり続けている。ところがぼくらの国では一部の熱心なファンを除いて過去の人のようになってしまっているようで、かつてブルースの音楽に夢中になっていた人たちですら、自分の無関心さや熱の冷めっぷりを棚に上げて、「彼は今どうしているのかな?」なんて言ったりしている。そこに突然の来日公演が決定!! ファンは狂喜乱舞だし、かつてのファンにとっても今一度ブルースの世界に触れてその素晴らしさを再確認する大きなチャンスとなるし、これまでブルース・コバーンのことを知らなかった人たちにも、彼の魅惑に満ちた音楽を知る絶好の機会となることだろう。こんなに嬉しいことはない。

この連載「グランド・ティーチャーズ」でブルース・コバーンのことを取り上げるのは二度目となる。最初に取り上げたのは 2011 年 12 月のことで、「ブルース・コバーンの音楽が与えてくれる大きな励ましと安らぎ」というタイトルで、ブルースの日本でのデビュー・アルバムとなる『High Winds White Sky/雪の世界』(カナダでは 1971 年にリリースされたブルースのセカンド・アルバム)が 1973 年に発売された時のこと、そのライナー・ノーツや対訳をオリジナル・アルバムのブックレットのデザインに合わせてぼくが手書きで書いたこと、そしてその年の 3 月に発売された当時の最新アルバム『Small Source of Comfort』のことなどを書いた。そしてその原稿でもやはり、「それにしてもブルース・コバーンのような『大物』までもが、日本のレコード業界ではまったく顧みられなくなってしまったというのは、何とも寂しい話だ」と嘆き、「歌い始めてから 40 年以上、今もほんとうに誠実で美しく逞しい歌を作って歌い続け、充実した内容のアルバムを作り続けているカナダのブルース・コバーン。昔よく聞いていた人も、そんな人知らなかったという人も、ぜひとも今のブルース・コバーンを聞いてほしい」と、日本でも再度、彼にスポットライトがあたることを強く願っていた。前回の文章をまだ読んでいられない方は、この文章と合わせてぜひとも読んでいただきたい。

それから 7 年、2018 年 9 月末、遂にブルース・コバーンの来日公演が実現する。2011 年 12 月にこの連載でぼくがブルース・コバーンの文章を書いてから以降の、彼の現在までの動きを追いかけてみることにしよう。
ブルースのホームページのディスコグラフィーによると通算 33枚目のアルバムとなる『Small Source of Comfort』が 2011 年 3 月にリリースされた後、2014 年に自叙伝の『Rumours of Glory』が出版されるまで、彼は新しい曲を書くことはまったくなかった。彼の創作のエネルギーは、丸々三年間というもの自叙伝の執筆だけに費やされたからだ。同じ年には自叙伝の出版に合わせてか、同じタイトルの『Rumours of Glory』という CD8 枚と DVD1 枚の、彼のそれまでの活動を総括するかのようなボックス・セットも発表されている。2013 年にはジョエル・ゴールドバーグ監督によるブルースのドキュメンタリー映画『Pacing The Cage』の DVD もリリースされた。「Introduction/Lovers In A Dangerous Time」、「On The Road」、「All The Diamonds」、「Guitar Player」、「The Activist」、「The Writer」、「Pacing The Cage」の 7 つのチャプターに分かれ、ブルースのライブ・パフォーマンス、大型バスでのツアーの様子、それに生い立ちや音楽との出会い、ギター・プレイや曲作り、社会的な活動などについてのブルースのインタビューなどで構成された、彼の実像がリアルに伝わってくる実に興味深い作品だ。


また 2011 年 11 月にブルースは長年の恋人だった M.J.ハーネットとの間に娘のアイオナを授かり、結婚もして育児や家庭生活にも多くの時間を割くようになった(とても可愛い娘と奥さんの写真は前述の DVD『Pacing The Cage』にも登場している。)
自叙伝の執筆に全力を注ぎ、もはや自分は新しい曲を書けないのかもと、長い音楽人生の中で初めて体験する不安に襲われたブルースだが、あることがきっかけとなって彼はまた次々と新しい曲を生み出すようになった。それは 2000 年 4 月に亡くなったカナダの有名な詩人、アル・パーディ(Al Purdy)のドキュメンタリー映画のために曲を書いてほしいという依頼がブルースに来たことだった。ブルースは当然このカナダを代表する現代詩人のことはよく知っていたが、そこで初めてアル・パーディの詩とちゃんと向き合うことになり、強い刺激と大きなインスピレーションを得て、彼の新たな曲作りへと繋がっていった。そして次々と新曲が生まれ、前作『Small Source of Comfort』と同じくコリン・リンデンをプロデューサーに迎えて、現在ブルースたちが暮らすサンフランシスコの近くのコタッティやバークリーのスタジオなどでレコーディングが行われ、そうして完成したのが、2017 年 9 月にリリースされた通算 35 枚目(スタジオ録音のオリジナル・アルバムとしては 25 枚目)となる最新アルバムの『Bone On Bone』だ。

アルバムにはブルースに曲作りの新たなインスピレーションを与えたアル・パーディの詩が使われた「3 Al Purdys」という曲やトランプ政権のアメリカに暮らすカナダ人のブルースの視点が反映されている曲、はたまたフォーク・ソングの世界でよく知られているトラディショナル・ナンバーの「Twelve Gates To The City」に新たな歌詞を書き加えたものなど、全部で 11曲が収められ、ゲイリー・クレイグ(ドラムス)、ジョン・ダイモンド(ベース)、コリン・リンデン(ギター)など、ブルースのライブやレコーティングでお馴染みのミュージシャンたちと共に演奏されている。レコーディングでアコーディオンを弾いているジョン・アーロン・コバーンは、ブルースの甥だ。
音楽活動を始めてから 50 年以上、今年 73 歳になるブルース・コバーンには代表曲、人気曲と呼べるものが数多くある。ありすぎる。「One Day I Walk」、「Wondering Where The Lions Are」、「Rumours of Glory」、「Lovers In A Dangerous Time」、「If I Had A Rocket Launcher」、「Waiting For A Miracle」、「If A Tree Falls」、「A Dream Like Mine」などなど。
古い曲や人気曲に関して、ブルースはどのライブでも必ずリクエストされ、いつもいつも演奏しているから時にはうんざりするようなこともあると告白しているが、曲を作った時の気持ちを思い出し、歌の世界に入り込んで演奏を楽しんでいるという発言もしている。
 何十年ぶりとなる今年 9 月末の来日公演で、ブルース・コバーンは代表的な曲の数々だけでなく、日本ではあまり知られていない新しいアルバム、『Bone On Bone』や『Small Source of Comfort』、その前の 2006 年の『Life Short Call Now』からの曲もきっといろいろと演奏してくれることだろう。
2018 年のブルース・コバーンをこの目とこの耳とこの心とこのからだで体験できるなんてほんとうにわくわくどきどき、気をつけないと期待しすぎて倒れてしまいそうだ。 来日公演を今か今かと指折り数えて待ちわびながら、それと同時にぼくはブルース・コバーンの素晴らしさを一人でも多くの人に伝え、奇跡のライブに一人でも多くの人に足を運んでもらうようにしよう。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

midizineは限られたリソースの中で、記事の制作を続けています。よろしければサポートいただけると幸いです。