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【アーカイブス#70】ジェームス・テイラー *2015年7月

 2015年7月は月初めは東京や横浜などで歌い、9日から18日までは奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島と奄美群島を回るツアーで歌い、20日から30日までは北海道を札幌、芦別、旭川、遠軽、北見、根室、別海、釧路、帯広と9か所回るツアーで歌い、あちらこちらへと旅して回って歌っているうち、あっという間に過ぎてしまった。旅の途中、根室では66回目の誕生日も迎えた。そして今日が31日。明日から8月。

 奄美群島はフェリーや飛行機を乗り継いでの旅だったが、北海道11日間のツアーは、札幌の二人の歌い手、長津宏文さんと御曼けゑ志(おまんけえし)さんと一緒に三人で回る『たびたび旅の三人衆 北海道珍道中乳栗毛』というもので、全行程を長津さんの愛車のフォード・エスケープで移動し、主に長津さんが運転をし、時々御曼さんが交代して運転をした(ぼくは車を運転したいと思ったことがまったくなくて、もちろん免許も持っていない。甘えてばかりですみません)。
 そして移動中はいろんなCDをかけたりしたのだが、その中でヘビー・ローテーションでかかった一枚がぼくの持って行ったジェイムス・テイラーの最新アルバム『ビフォア・ディス・ワールド/Before This World』だった。根室から釧路へと太平洋岸を走る国道44号線、釧路から本別や音更を抜けて帯広へと向かう国道242号線を三人で移動している時、車中にはジェイムス・ティラーの優しい歌声ととても爽やかで気持ちのいいサウンドが流れ、旅の気分を大いに盛り上げてくれた。

 2015年6月にリリースされたジェイムス・ティラーの『ビフォア・ディス・ワールド』は、2002年の『オクトーバー・ロード』以来13年ぶり、1968年のソロ・デビュー・アルバム『James Taylor』以前の音源を集めたものやライブ・アルバム、ベスト・アルバム、そしてクリスマス・アルバムなどを除いて、通算16作目となるスタジオ録音のオリジナル・アルバムだ。そして今年の春に67歳になったジェイムスが作り上げたこの最新アルバムがほんとうに素晴らしい。
 アルバムに耳を傾けていると、どういうわけかぼくの中にはジェイムスが1970年、22歳の時に発表し、そこに収録された「Fire And Rain」が大ヒットして、彼の存在を広く世界に知らしめることになったセカンド・アルバムの『スウィート・ベイビー・ジェイムス/Sweet Baby James』が浮かび上がってきてこの最新作に重なる。


 22歳のジェイムスも、それから45年の歳月が流れて67歳になったジェイムスも、変わることなく旅を歌い、恋を歌い、真の自分自身を見つけ出したり取り戻したりすることを歌っている。実際ぼくは家にいる時この二枚のアルバムを交互に聞いて楽しんだりもしているが、二枚のアルバムの間に隔たっている45年の歳月が、うんと長く思えもすれば、ほんの一瞬のように思えたりもする。同時に45年の歳月を経て、ジェイムスがうんと変化し成長しているようにも思えるし、22歳の瑞々しくも悩み多い青年の時とまったく変わっていないように思えたりもする。

 しかし繰り返し『ビフォア・ディス・ワールド』を聞くうちに、ここには旅を歌い恋を歌う「相変わらず」のジェイムスがいるように思えるが、新しい歌の幹をぶった切ってみると、そこにはさまざまな経験を通じて、より大きな喜びや楽しみ、より深い苦しみや悲しみを知り、人生とは何かを学び、豊かな智慧も身につけ、幾重にも年輪を重ねた彼がいることに気づかされる。
 新しいアルバムのひとつひとつの歌にじっくりと耳を傾ければ、ジェイムスが歩いた長い道のり、それは実際の旅でもあるし、心の旅でもあるのだが、それらの旅路の実りが輝いている。『スウィート・ベイビー・ジェイムス』から45年、ジェイムスは確実に年寄りになっているのだが、かつての歌に漂っていた暗く鬱屈した雰囲気は払拭され、明るく満ち足りていて、まさに「ヤンガー・ザン・イエスタディ」、若く爽やかになっているようにすらぼくには思える。それはたとえジェイムスが満ち足りていたとしても、どっしりと落ち着いてしまっているのではなく、67歳にしてまだまだ旅の途中だという意識や感覚を持っているからこそなのだろう。

『ビフォア・ディス・ワールド』のブックレットの1ページにジェイムスがちょっとした文章を寄せているが、それを読んでびっくりさせられたのが、彼の曲作りのやり方だ。それによるとまずは曲が浮かび上がり、そうするとすぐに馴染みのミュージシャンたちを集めてレコーディングを行ってしまう。
「新しい曲をレコーディングしようという時、僕の頭の中では『こういうサウンドであるべき』というのがわかっているし、聞こえているんだ。でも完成した曲がそれと同じになることは稀で、時に、自分でも驚いてしまうような所へセッションが曲を連れて行ってしまうこともある」と、ジェイムスは書いている(『ビフォア・ディス・ワールド』のユニバーサル・ミュージックからの日本盤の解説書より。訳は丸山京子さん)。
 曲を作る時、メロディが先か、歌詞が先かということはよく話題になるが、ジェイムスの場合は、何よりもサウンドが先だったのだ。そして基本のサウンドに歌詞をつけ、恐らくはメロディも少し修正したりして、最終的な曲に仕上げていく作業が始まる。ジェイムスの同じ文章によると、彼の歌詞の作り方はこんなふうだ。
「僕は街を散歩し、港内をボートで漕ぎ、自炊し、夕食時、家に一度だけ電話をかける。1曲につき用意した1冊のノート。右側のページに書き、左側のページで編集する。ナプキンや封筒に思い浮かんだ言葉を走り書きし、電話の録音機能に曲の断片を録音する…」
『ビフォア・ディス・ワールド』の場合、最初のデモ・レコーディング・セッションが2010年1月で、最後まで歌詞が書けなかった曲のレコーディングは2014年の夏に行われたということなので、ジェイムスはサウンドがすでに固まっていたとしても最終的にちゃんと歌詞のついた曲にするまで、長いものでは何と4年以上の歳月を費やしているのだ。

 そうか、こんな曲の作り方もあるのかと、何よりもまずは歌詞が浮かんでそこから曲を作っていくというぼくのような者にとってはびっくり仰天だが、自分のバンドがあって、思いつけばすぐにレコーディングができるスタジオにも恵まれているジェイムスだからこそできるやり方なのかもしれない。それにしても最後まで歌詞が書けなかった曲は、どんなにいいサウンドが出来上がっていたとしてもボツになってしまうのだろうかといらぬ心配までついしてしまう。もっともジェイムスの場合は決してそんなことはないのだろうが…。

『ビフォア・ディス・ワールド』には、サウンド先行で歳月をかけて作り上げられたジェイムスの新曲が9曲とアルバムの最後にはスコットランド民謡の「Wild Mountain Thyme/ワイルド・マウンテン・タイム」のカバーが収められている。日本盤の天辰保文さんの解説によると、「Wild Mountain Thyme」は「18世紀のスコットランドに端を発する民謡で、それをもとに、1957年、アイルランド人フランシス・マックピークが書いたものが親しまれてきた。チーフタンズやヴァン・モリソン、ロッド・スチュワートやバート・ヤンシュのように、アイルランド、スコットランド所縁の人たちはもちろんだが、ジュディ・コリンズやジョーン・バエズといった米国のフォーク・シンガーたちにも歌いつがれ、1969年のワイト島フェスティバルではボブ・ディランも歌っている」ということだ。
 1960年代のアメリカのモダン・フォーク・リバイバルの動きに強い影響を受け自分なりのフォークを歌い始めたぼくにとってもとても馴染みのあるフォーク・ソングだ。この歌をジェイムスは奥さんのキャロラインと息子のヘンリーと一緒に歌っている。

 しかもユニバーサル・ミュージックから発売された『ビフォア・ディス・ワールド』の日本盤には3曲のボーナス・トラックが収録されていて、これがウディ・ガスリーの「Pretty Boy Floyd」、ハンク・ウィリアムスの「I Can’t Help It(If I’m Still In Love With You)」そしてランブリン・ジャック・エリオットやシスコ・ヒューストンの歌で知られる「Diamond Joe」と、フォークやカントリーの名曲ばかりなのだ。本編に収録された「Wild Mountain Thyme」も含め、67歳になったジェイムスは自分が10代の頃に親しんだフォークやカントリーの曲を今一度取り上げることで、自分の原点を確かめているというか、自分の歌の根っこを見つめているようで、そこからはここで今一度褌を締め直してまだまだこの先も旅を続けようとするジェイムスの強い意志が伝わって来るようで(それにしてもアメリカに褌などあるのか)、ぼくは期待で胸がいっぱいになり、やたらと嬉しくなって、思わずにんまりさせられてしまう。
 スウィート・オールド・ベイビー・ジェイムスの歌の旅はまだまだ続くのだ。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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