アバウト・トウキョウ


「普通」「すごいこと」「面白いこと」という言葉を、敢えて何も補足せずに書いています。あんまり突っ込まずに考えてくれたら嬉しい。最後にお願いを書くのでそこだけでも読んでくれたらいいな。


12月になった。“猫とアレルギー”を何気なく鼻歌でふんふんしてたら「12月の空気を吸い込んで」。月を跨いだのだと自覚した。もっと身を切られるような痛いほどの空気、早く来てよ。


本物を聴きたくなってYouTubeを開いた。再生して、茫然と聴く、見る。終わってそのままにしておいたら次は“東京”が再生された。私が選んでは聴かない曲。茫然とした感じを引きずったまま「東京かあ」と思った。23歳になる年は当たり前に関わる人が増える。ずっと東京育ちの人たちとばかり遊んでいたけど、人生のどこかのタイミングで上京して来た人たちにもたくさん出会った。つい数日前も関西から東京に来た人と仲良くなった。「東京でもっと何かしたくて」と言われた。何か、か。


私にとっての東京ってどういう土地だろう。夕方に考える。友人に「君は確かにメンヘラ女を寄せているかもしれないけど、君が女をメンヘラにしている可能性も棚上げせずに少しは考えろ」と強めのメッセージを送っていたとき。本当に寄せる人なのかもしれない、知らんけど。こんな話ばっかりだ。夕方のうちに話を切り上げる。


母は里帰り出産を選んだ人だった。弟が産まれるときには1人で母の実家にいる期間もあった。4歳。結構覚えている。私にとって田舎に帰るとなるとここなのかな、と思う。他にない。でもシンプルに「帰る場所」を考えると東京がそれに当たる。ずっと東京に暮らしているのだから当たり前に。たくさんの高い建造物もネットワークに属している孤独な人たちでできた雑踏も好きだ。ここに帰りたい気持ちが強い。東京が故郷だから。ここ数年でそれを確認している。

東京という街は、インターネットを見て感じることを匿名性のない、どうしたって付き合っていくしかない体にぶつけられる場所だと思う。ネットを使うと良くも悪くも情報がたくさん目に入る。量だけでいえば、それこそ足で取りに行ける情報量とは段違い。けど街に存在することは体ですること。街で得る情報には体験が伴う。「知らんけど」なんて言っている場合ではない。体を通した経験は私たちに根付きやすい。


普通の都立高校に通っていた。そこは普通科、まあまあぼろくてどこを歩いても埃っぽい高校。昼休み中に突然「帰る」と宣言して本当に帰ったり、1学期のうちに30回近く遅刻したり、登校した途端に保健室で眠ったり、ラーメンを食べに行くために裏門をよじ登ったり、抜け出した記憶ばかり。自転車通学の途中で友達に呼ばれて、わざわざ電車に乗り換えて遊んだこともあったけど何をして遊んだかはまったく覚えていない。

今のは余計な話だけど卒業して何年も経った今、思うことは「普通科にしてはちょっと変な高校に進学してしまった」ということ。美大に行った人がたくさんいた。モデルをしている人もいるし、音楽の道に進んでいる人も多い。自分語りにも程がある(いつもそう)から省くけど、とにかく私はそこでいろんなすごいこと、面白いことをしている人たちに囲まれて「私は何も持っていない」と感じた。薄暗い泥沼に足を取られる青春。振り返れば正しかったと思える、青春。


ミレニアル世代と呼ばれている人たちは住む土地に関わらず感じてきたことかもしれない。ネットでは若いのにすごいことをしている人を目の当たりにする日々。すごい人は取り上げられる、話題になる。当然。それを見て「私にはこんなことできない。何も持っていない。普通に生きるしかない」って思う。普通に生きている人のほうが多いのに、既にすごい人にばかり目を向けて、目を閉じる。

それを画面を取り払った生身の生活でぶつけてくるのが東京。年下がライブをしていて、同い年が雑誌に写っていて、先輩が短歌を展示に出している。ぜんぶ自分の足で見に行けるところにある。そういう人が集まってくる場所に暮らすということ。時期が時期なら目に痛い。

東京ではなんでもできるかもしれない。でも環境の利を忘れるほど、私はここで無力になった。何かを持つ前に、何かは持てることを忘れてしまう。なんでもある街だと知っているから、何かが起きるのを待ってしまう。ずっと東京だと言うと「シティーガールだね」「おしゃれだね」と言われる。東京にいれば自然発生的におしゃれになれるとか、ない。


無力だと気づいた時期があったうえで今の生活を選んでいる。持とうとしないと何が持てるかなんてわからない。歩いてみないと東京がどんな場所なのかもわからない。ただ住むだけじゃダメ。気づいたあと、東京を使いこなせたらいい。多分、何年ここで暮らそうと無力感は容赦なく殴ってくるけど、自分を見直して、地に足を着けるタイミングだと捉えて。私は東京が好きです。


最後にお願い。

「あなたにとって東京ってどんな場所?」なんて問い、日常の中でぶつけることはまずない。少なくとも私は今までに話したり聞いたりしたことがない。もし何か「こういう風に捉えています」というのが言語化できたら教えてほしい。一言で、些細なことでいい。「便利」「クラブ超楽しい」「人が多い」みたいなことでいいので教えてください。

ここのコメントでもTwitterでもメールでも質問箱でも。「へえ」とか「ほーん」とか言いながら読みたい。いつも通りリンクは最後の最後に。


きのこ帝国を聴いていたときに発想したから、きのこ帝国と言えばこの女だと思ってマガジンに場所を借りた。彼女は東京をどう捉えているだろう。下に貼る記事はきのこ帝国についてのとってもいい記事なので読んでね。私の文章はいいから読んで。


追伸

12月1日に冒頭の「もっと身を切られるような痛いほどの空気、早く来てよ」という文章を書いたら次の日、空気が冬になっていた。証明する術がないのでこの感動は私だけのもの。


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価格が高いのに特においしくもない飲み物を提供してくることが多々ある点は、東京、許せないです。



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コメント6件

私にとっての東京は、行くたびに「帰ってきた」と感じる場所です。
出身地ではないのに。
某私大の通信制学生だった頃、毎年、東京のキャンパスで授業を受ける機会があり、長い時で3週間滞在したことがあります。
一定期間でも「生活」をしたことがある場所だから、そう感じるのかもしれません。

そして、名古屋の良さを外から教えてくれた場所でもあります。
生まれも育ちも名古屋ですから、内側からしか名古屋を見たことがなかったのです。
たとえ長くて3週間でも、東京で生活する機会を持てたことはプラスになりました。

でも、ずっと暮らしたい場所ではありません。
「たまに行く」くらいがちょうどいいです。
≫夕月 檸檬さん
東京に住んでいるわけではないのに、面白いですね……!
勝手な想像ですが、夕月さんの人生の中で学生時代が特に色濃いものだったから、その期間を過ごした土地にそういう気持ちを持つのかな、と思いました。
私はずっと東京で、東京が好きです。でもまだ内側からしか見れていない部分もたくさんあるのかも。
先日、37歳に初めて東京に行きました。それまで東京という場所に、幼少期からとにかく「怖さ」を感じていました。破廉恥。闇。埋もれる。殺される。みたいな。大人になってだいぶ東京のイメージはほぐれました。そして実際に行ってみたら、「同じだった」。僕らと。何か違うと言えば、ビル、道、お店、などの街並みでした。でも、僕らと同じ人が住んでいました(笑)それだけでなんだか救われた気がしました。
≫イシハラ イッペイさん
コメントありがとうございます!
街並みは違っても東京に暮らしているのは同じ日本人で、上京してきている人もたくさんいるから大きな差異はないはずなんですよね。私は住む街としての東京しか知らないので、一度何も知らないまっさらな状態で外から東京を見てみたかったなと思います。
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