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歯医者にて

歯医者の治療椅子に座ると、道を挟んだ向こう側に秀和のマンションが見える。
今日の青空は秀和の水色の屋根との境目がわからない水色であった。

治療椅子が倒され目を瞑って口を開けるとあとはされるがままの無力な肉体。
なぜか歯の治療中は主に宇宙の始まりとか神などの壮大な哲学的なことが頭を占める。でも今日は人の営みの健気さなどについて思い、涙が一筋ツーっと出たりして、「あ、いえ、痛いから泣いているのではないのです」と言おうにも言えない、しかし歯科医も助手も私の口に全神経を集中しているので涙など見てはおらんのです。
そして去年に梨木果歩著『f植物園の巣穴』を読んでからは、やはりどうしても気が緩むと犬になる歯医者の奥さんなどが浮かんでくる。

椅子が戻され口をすすぎ我にかえると、空の色が濃くなって、秀和の屋根が色褪せて見えていた。