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    読んでくれた人に少しでも幸せが訪れますように!

  • 短編小説『誰かになりたかった』

    東京のとあるホステルでのアルバイト経験をもとに書いた短編小説です。 1. インド人のピアノ  2. アメリカ人のハイヒール  3. カタール人の海苔巻き 

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日出を見逃して残月を追う。同い年のラクダ使いに学んだこと

サハラ砂漠に行って学んだことは、満月は多くの星を隠してしまうほど眩しいこと。 5日間同じ種類のパンを食べ続けていても、夜の砂漠で食べるパンは特別な味がすること。 張り切って民族衣装を身に纏っても、エキゾチックな周りの景色と自分の境界線は少しもぼかせないこと。 それでも砂丘の上で同郷の日本人と出会い、出身高校の話で盛り上がれるくらいに世界は狭いこと。 見渡す限り砂と空のシンプルな空間でも、携帯電話に電波が届くこと。 トイレのついていないテント泊の安いツアーで行くときは

    • 「ヤクソク」

      私はイーサン。韓国人なの。 休み時間のチャイムが鳴ると同時にみんなが校庭に駆け出して、教室で一人呆然としていた私に声を掛けてくれたのは彼女だった。 もしかしたらもっと沢山のことを話してくれていたのかもしれないが、拙い英語力で私が理解できたのは、彼女の名前と「韓国人」ということだけだった。 よろしく、と少し緊張気味に笑う彼女。 自己紹介は昨日の夜母と何度も練習済みだったけれど、いざ実践となると通じるかどうか不安でいっぱいになって、なんとかナイストゥーミーチューだけを喉

      • 若者言葉に、愛を込めて。

        「まじ?」を「ま?」と略して言われるのが、少し苦手だった。 ひらがなたった一文字のくせに立派な意味を持ち備え、自分の足で歩き出した頃から、あいつとは相容れない。特に2017年にギャル流行語大賞に選ばれてからは、頻繁に会話の中に飛び込んできて暴れては満足したら去っていく、有名人気取りだ。 だって、「ま?」と言われた時の返し方は、めちゃくちゃ難しい。 会話が盛り上がってテンポ良く進んでいる途中に「ま?」と挟まれて、こちらも「ま!」と返せばおうむ返しでアホみたいだし、なんだか

        • かわいそうと言われたコロナ世代の社会人1年生たちへ

          2020年4月1日、新卒で今の会社に入社した。 2020年4月3日、完全在宅勤務になった。 満員電車の猛攻を知らず、同じ部署の人の顔と名前がいつまでたっても一致しない。会議室の取り方も経費精算の方法も、実践してないからいまいちよく分からない。ただでさえ「ゆとり世代」という温室育ちのレッテルを貼られているのに今後は「コロナ世代」が追加されるのかと思いながら、引っ越したばかりのワンルームの隅で「名刺は胸のあたりから上に弧を描くように差し出しましょう。」と笑顔で繰り返すマナー講

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        日出を見逃して残月を追う。同い年のラクダ使いに学んだこと

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        • 短編小説『誰かになりたかった』
          7本

        記事

          カタール人の海苔巻き #2

          にわか雨みたいな人だと思った。 少し前からホステルDanroに泊まっている彼女は、朝急にどこかへ行こうと思い立ち、ドーハから東京へやってきたらしい。 日中は外に出て未知の世界の開拓を楽しんでいるようだったが、夜は早めにホステルへ戻ってきて、共有スペースで他の宿泊客と団欒するのが彼女の一日のようだった。チェックイン時にパスポートを差し出した彼女の完璧な赤い爪が記憶に強く残って、もっと眠らない街を遊戯するタイプなのだと思っていたから、スーパーで買った缶ビールを片手に長期滞在の

          カタール人の海苔巻き #2

          カタール人の海苔巻き #1

          8月の夜、最後のチェックインのお客さんからは、甘ったるい香水の匂いがした。 「ほんとに来ちゃった。朝起きたら急にどこか遠くに行きたくなって、日本にしよう!って思ったの。すぐに飛行機のチケットを取って、荷造りをして、家を飛び出してきたわ。ここの宿はさっき飛行機の中で予約したんだけど、できてるよね?」 差し出された携帯の予約完了画面を確認すると、ホステル「Danro」の名前と、今日の日付、確かに数時間前に入ってきた予約者名が揃っている。 「ありがとうございます。今日はどちら

          カタール人の海苔巻き #1

          アメリカ人のハイヒール #2

          「So basically, I’m homeless and jobless」 晴々しい自己紹介。言葉に似合わない、朗らかな表情。 まあ言うたらホームレスで無職みたいなもんやけど、自分はどうなん?という目でわたしを見ている。 「いや、え、もうわたしの番?」 日本人は自己紹介で所属や肩書きから言いがちだけど、欧米ではまず自分がどういう人間かを話すのが基本だというのを、どこかで読んだ。嘘なんじゃないか?と思い出せない筆者に問いかける。だって、この人は所属と肩書き

          アメリカ人のハイヒール #2

          アメリカ人のハイヒール #1

          ある朝出勤すると、長髪の男が盛大にラーメンをぶち撒けていた。 辛いタイプのラーメンだったらしく、床にもソファーにもテーブルにも、殺人現場のように赤い汁が飛び散っている。 「くそっ、最悪だ」 わたしは足早に受付の横を通過しながら、朝ごはん用に買ったパンの入ったコンビニの袋とカフェラテのカップをカウンターの上に滑らせて、カフェスペースの一番奥へ急いだ。 「大丈夫ですか?」 真っ赤に染まったチノパンにぐんなりと横たわっている麺を丁寧に指で摘み上げていた男は、最後のひと塊を

          アメリカ人のハイヒール #1

          インド人のピアノ #3

          どういうわけかわたしは、誰もいなくなったカフェスペースで、乱暴にティーバッグを突っ込んだマグカップを2つ用意し、宿泊施設にピアノがないという当たり前の事実にひどく落胆しているインド人男性の前に座っている。 業務時間はとっくに過ぎていたが、今にも泣き出しそうになっている人を放って帰るわけにもいかず、従業員としてではなく同世代の友達として、終電の時間までは話を聞きましょうということになった。 まだ少し薄いであろう紅茶に口を付け、エリックと名乗る男は少し気持ちを落ち着かせたよう

          インド人のピアノ #3

          インド人のピアノ #2

          夜が落ちてきた。 22時になったら、近隣住民への配慮で灰皿の位置を裏口から正面へ移動させることになっている。ブロック塀に腰を掛けて煙草を吸っていたカップルに、「夜だから向こうに移動してねー!」と軽く声を掛ける。まだ5月なのに顔で感じる風が生温くて、そんなに急いで夏にしなくてもいいのにと思う。 このアルバイトはインターネットの求人サイトで見つけた。「ホステルで働き始めた」と報告すると「ホステスじゃなくて?」と冗談を飛ばしてくる友人には、「安くてカジュアルめのホテル」だと説明

          インド人のピアノ #2

          インド人のピアノ #1

          ホームの明かりが遠ざかる。 車両が暗闇へ溶けていく。 地下で鉄の塊が何人もの人を運んでいるというのに、暗闇からホームへ、また暗闇へとテンポ良く体を滑り込ませていく姿はどこか軽々しい。   塩が水に溶ける時、水は塩を構成しているものをバラバラに引き剥がしてしまうらしい。 今までみんなが手を繋いで、「塩」という一つのものとして存在してきたはずなのに、あの透明な液体にふわりと体を包まれた瞬間、その手は容易に振りほどかされ、一定の距離以上、近寄ることさえ許されない。 残酷な話だ。

          インド人のピアノ #1

          留学中の日記を掘り返してみた

          イギリス留学から帰国して1年が経つ。 当時お世話になった人から、少し早めの誕生日プレゼントとして紅茶が届いた。好きだったフレーバーティーの香りと共に恋しさが溢れ出てきたので、帰国直前に書いて眠っていた日記を掲載しようと思う。 「テロ事件から1年の今日、マンチェスターで思うこと」 ショッピングモールに入ろうとしたら入り口の前の広場に人だかりができていて、その空間だけやけに静かだったので私も足を止めた。黙祷の時間だった。 マンチェスター・アリーナで行われたアリアナ・グラン

          留学中の日記を掘り返してみた

          書くということ

          書くということがいつか、趣味の領域を越えればいいと、漠然と思いながら過ごした深夜は数えきれない。 小さい頃から言葉に触れることが好きだった。 学校で配られた数ある中から1つ選んで書けばいい作文コンクールのリストの上から下まで全部出してみた夏休みや、ふと思い立って公募ガイドでエッセイコンテストを検索して、締め切り日が近い順から応募していた時期もあった。飽きたら読みかけの本を閉じて新しい本を開くように、次々と新しいブログを開いては好きなことを書き綴った。最近、そろそろ過去のア

          書くということ