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薬のこと覚えてて

死なない意味が生存本能以外にない。ここまでの希死念慮は久し振りで、しかもそれが何日間か続いている。正直に言えばしんどい。どのぐらい死んでしまいたいかというと、脳に血栓ができ脳卒中を起こして入院し、その後再発に怯えて眠れぬ夜を過ごしたぐらい生きていたかったはずの私が、血液をサラサラにする薬(飲まないとマジで死ぬかもしれない)を飲みたくなくて泣いていたぐらいだ。

いや、正確に言えば、死なない意味は他にもある。私が死んでしまったら、神はいると信じる人がひとりいなくなってしまう。どんなにつらくてもくるしくても、もしそれが私の人生の最後まで続くのだとしても、それが神の采配ならばわたしは受け入れる。何か大いなる意思があり、わたし個人が苦しまなければならないのだとしたら、受け入れる。だから、主にそむくことのないように、アラームをセットする。アレクサ、薬のこと覚えてて。

百均のシールで飾る遺言書展示期間はまた倒れるまで

主にそむくことのないようアレクサに託す薬のこと覚えてて

清らかであらんと罪を隠してもくす玉みたいに割ってしまって

短歌でも言い表すになりますかヨハネ第一の手紙一の九

『エンディングノート』

大した作品ではない。そもそもわたしは短歌素人だし、大した作品ではないのだが、これは私のぐちゃぐちゃな、生きたい死にたい存在したくない何もしたくない何か成し遂げたい清らかでありたいいやもう無理だ、そういった全部の感情をギュッと固めた、そういう、吐き出さずにはいられなかったから作った類のもの。

ふっと、今歩いたら死ねるな、と思う瞬間がある。今立ち上がって歩いたら、わたしはタオルやらベルトやらで首を吊って死ぬことができる、という確信がわずかな喜びを伴ってやってくる。でもわたしは死ぬわけにいかない。夜中、今立ち上がったら絶対にわたしは勢いで死んでしまう、だから動けない、と長いこと固まっていたらお手洗いに行きたくなったことがあった。その時わたしは何をしたと思う?匍匐前進してお手洗いに向かったんだよね。わたしの頭の中では、立ち上がったら死のうとしてしまうが、匍匐前進ならタオルで首を吊るとか器用なことはできないから死なずに済む、という理屈があったから。

前に紹介した可愛くデコったエンディングノート、中身はまだまだ完成していない。完成させたら死んでしまうような気もして……完成させるべきかわからなくなってきた。怖くて手をつけられないでいる。遺言書には父には一切の財産を渡すなと書くつもりだが、法的に認められるのは結構難しいらしいので、念のため正当な理由だと認められるための証拠を集めておかないとなと思う。法テラスにメール送って法的な問題について問い合わせたが返事がない。忙しいんだろう。

復帰訓練を終了して、2月1日から仕事復帰する予定だったのが、こんなメンタルなのでダメになった。今度はいつまで休めばいいのだろう。わたしは自分のことを精神的にタフな方だと思っている。たまたま運が良く幸せに生きてこれただけの奴らをわたしと同じ環境にぶちこんだら、私のようにそこそこ良い勤務先で正社員になるのではなく、ニートかフリーターをしているか、あるいは自殺していたっておかしくない。少なくともわたしの友達には全部いる。みんな似たような環境だった。類友ってやつ。だからタフに生まれたことには感謝しているが、それだけにひどく悔しい。わたしがまともな環境で育ってこれたらどれだけ……どれだけやれたか。悔しい。物凄く悔しい。

「自分の環境を自分でコントロールしようとする気持ちが人一倍強い」「逃避傾向がある」「頼れる人がいない」これは全部精神科で言われたこと。合ってる。逃避傾向があるにも関わらずなぜここまでこれたか?それは逃避傾向がある自分のことが嫌いで嫌いで嫌いで仕方ないから、全部ねじ伏せてきたから。だから勉強や運動や家事やなんやら、いろんなことを頑張ってきた。ずっと、まともな人の真似をして頑張ってきたし、これからもそうだろう。

まともになりたかった。

まともにあろうと努めても、誰かの前でまともになって成長した自分だけを見せたくても、私はいつもヘラヘラと、過去の悪行を話してしまう。貧困のあまり盗みを働いたことがあること。色々な性被害に遭いすぎてもう感覚がいかれていること。犯罪と性と薬物があまりにも身近で、それら全てを面白おかしく感じてしまうこと。わたしの全てを見て欲しいのだ。ヘラヘラと、何か楽しいものでも詰まっているかのように、くす玉を割るように、パンッと綺麗なわたしをぶち壊す。これを見た上でわたしを愛してくれ。これを見た上で!

まともじゃない人に愛されるとろくなことはない。わたしはまともな人に愛されたい。そうするとまともな人を傷つけてしまうらしい。多分正しいのは生涯この孤独を抱え込むことなのだ。わかってる。わかってるのに昔っからできない。利き手でない手で美しく文字を書くことがひどく難しいのと同じように、できない。

それでもわたしにまともになってきたよ、成長しているよ、と言ってくれる人がいる。いた。わたしは頑張っていると言ってくれる人がいる。いた。だからわたしはその人を通じてわたしを信じる。自分のことは大嫌いで気持ちが悪くて死んで欲しくて仕方ないけれども、それを今までもずっとねじ伏せて立ってきたのだから、今度もねじ伏せる。

あと1ヶ月もしないうちに、英単語アプリ連続学習100日目がくる。そのためにとりあえず生きている。

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