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vol.6 コーディネート

1階のイベントスペース、周りはお菓子やハンドバッグ、靴などの雑貨店が立ち並ぶ、言わば、百貨店のメインステージで展示会を行なった時のことだった。
その場所では、これまでジュエリーの中でも訴求品と呼ばれる数万円の低単価商品を販売するイベントを行っていた。
織り込みチラシに格安のジュエリーを魅力的に掲載し集客をかける。
女性の購買欲を掻き立てるその広告は、その場所にぴったりと当てはまっているようで、お客様方は朝から列を成して、お値打ち品をこぞって購入している様子を目にしてきた。
韓流ドラマのブレイクのきっかけとなった冬のソナタで使われた星型のペンダントや、オリンピックで金メダルを取った時に荒川静香選手が身につけていた、スリーストーンと呼ばれるダイヤモンドが縦に3つ並んでいるものと同じようなデザインを施したピアスやペンダントなどは、その中でももっとも人気の高い商品だったようだ。

私達の会社のような、ホテル展示会や上階の催し会場で宝石フェアに入るメーカーが、この場所で展示会を行うのは初めての試みだった。
様々な買い物客が行き交い、上階では見かけることのない若い世代のお客様も彼方此方に見受けられる。
新規顧客を獲得するには絶好のチャンス。
ガラスケースを覗き込むたくさんのお客様の姿を想像し、意気揚々と売り場に立っていた私達販売スタッフだった。
が、時が経つに連れて撃沈寸前まで気持ちが追い込まれていた…
何故なら、通りすがるお客様に声を掛ける度、皆慌てて駆け足で遠ざかっていくのだ。やっと話が出来たかと思いきや、

「トイレは何処ですか?」
「お線香はどこに置いてありますか?」

などと、館内の案内ばかり…
どうやら黒のスーツを身に纏い、売り場の一番目立つ位置に立っている私達は、通りすがりのお客様方には百貨店のご案内係に見えているようだ。
自分の目的を果たしたい方には、ピカピカに磨かれたガラスケースはただの机、その中に神々しく輝いているジュエリーはただの飾りでしかないようだった…
夕方が近づいて来た頃には、売り場がマジックミラーになっていて外からは中が見えていないのではないかと疑いたくなるくらい、買い物客と目を合わせることも出来なくなっていた。

何故にこのような現象が起こるのか私は頭を捻った。その結果、お客様方の欲しているもの(目的)と価格が合っていないのだと思った。それと共に、通常ならば求めやすいジュエリーが並べてあるこの場所に、とんでもない高額品が並んでいる光景を受け入れられずにいるのではないかと言う考えに行き着いた。
私達の会社はオリジナルの商品を武器としており、残念ながら流行りもののデザインや低価格の商品の取り扱いがない。全ての商品が安くても10万以上はする。

焦る気持ちが苛立ちに変わり始めていたその時だった。

「十字架のペンダントが欲しいのですが、ありますか?」

尋ねたのは、全体を黒一色でまとめ、鍔の広い帽子を深く被った小柄で上品なご婦人だった。
上階では見たことのないお客様だ。
即座に、トータル1カラットのダイヤモンドを使ったクロスのペンダントが頭の中に浮かんだ。お客様の体格には少し大きいかな?と思ったが、未だ売り上げが出来ていない状態の中で低価格の商品を見せて売れたとしても、今日の目標値には全く手が届かない。
私は、お客様との会話を広げようともせず商品の提案を先行させた。

「ございます!一粒、一粒のダイヤモンドに拘って石をセレクトしてある素晴らしい商品なんですよ。とても綺麗なので是非、ご覧ください。こちらでございます」

そう言いながらトレーにペンダントを載せ、お客様の目の前に提示した。
出された商品を目にしたお客様は、上から覆い被さるような勢いの私を横目に、

「これ?私には大きくないかしら⁇」

少し怪訝そうな表情を見せ、こちらを一瞥した。その目を見た途端、自分の心の中を見透かされたような気になり、一瞬心臓がギクリと音を立てた。それほどに、その方の目には力があったのだ。
そこでやっと、自分よがりな考えに囚われていたことに気づいた私。

「失礼致しました。お客様は小柄な方なので少し大きいかと思ったのですが、とてもオーラがおありなので負けないのではないかと思い、着けたところを見たい気持ちが上回ってしまいました。ダイヤモンドに拘っているところも見ていただきたかったのでこちらの商品をお出ししたのですが、もう一点、お客様にお似合いになられると思う商品をご紹介させていただきたいのですが、ご覧いただけませんか?」

平常心に戻りそう言った。

「あら、そうだったの?これを私にお薦めするつもりだったのなら、貴方のセンスを疑うところだったわ。着けても似合わないと思うけど食わず嫌いって言うし、ちょっと着けて見ようかしら?」

思ったことをズバリと口にしたお客様に、私は一瞬たじろいた。
そのまま、1カラットのダイヤモンドのペンダントを無理強いしなくて良かったなどと心の中で安堵しながら、冒頭の会話を打ち消すように、

「ありがとうございます。是非、お着けさせていただきたいのですが、その前にお客様にご覧いただきたいもう一点の商品もお持ちしますので少々お待ちください」

と言い、その商品を持って来ると、敢えて2つの商品を並べて見せた。
そして、

「こちらの商品は、クロスしている部分から段々とダイヤモンドが小さくなっていきグラデーションになっているので、上品なお客様にぴったりかと思います」

と今度は、お客様の雰囲気をしっかりと見据えた上で自信たっぷりに商品の説明をした。その商品は初めに出した商品よりもふた回り大きさが小さい物で、価格は半分にも満たなかった。けれども似合う、似合わないで言うと、どの角度から見ても小柄なお客様にはその商品が映えるのは明確だった。
お客様が気持ち良く初めに出した商品を着けてくださると言ってくれた為、まずはそちらから着けてみることにした。

「貴方が言うようにとっても綺麗に輝くわね。だけど、やっぱり少し大きいみたいね」

ペンダントを着けたお客様は、鏡を覗き込みながらそう言った。

「お客様はオーラがおありですが、繊細な雰囲気を同時にお持ちですので、こちらの商品は商品自体の主張が強すぎました。もう一点の商品はきっとご満足いただけると思います。お着け変えさせていただきますね」

私はそう言いながらペンダントをお客様の首から外し、もうひとつのペンダントに着け変えた。この時にはもう〝数字〟と言うふた文字は、私の頭の中から消え去っていた。

「貴方、私のことをしっかり見て似合うものを出してくれたわね。本当、良く似合っているわ。私、クロスのペンダントがずっと欲しかったんだけどクリスチャンじゃないから着けるのはどうかしら…と思いながらこの歳まで来ちゃたの。私みたいな歳の人が、クロスのペンダントをしていたらクリスチャンにしか見えないかしら?」

お客様が自分からクロスのペンダントが欲しい理由を話してくれた。
それを聞いた私は、

「お客様もご存知かと思いますが、ジュエリーのクロスのデザインは何十年も昔から不動の人気を保っております。実は、ダイヤモンドをあしらったクロスは、クリスチャンの方はあまりお着けになられないんですよ。クリスチャンはクリスチャン用のペンダントがあるようで…しかも、宝飾品のクロスのデザインは、交叉すると言う意味合いで人と人との出会いを表現していると言われています。なので、お客様のようなお洒落な方が着けておられたら、素敵だなぁとしか思えないのですが…
こちらの商品でしたら、一般的なクロスのデザインとも少し違って、お客様のオリジナルのペンダントとしてお楽しみいただけるのではないかと思います」

と、答えた。

「そう?貴方、はっきりしていて気に入ったわ。じゃあ、これいただいていくわ!着けて行くから包まなくて結構よ」

はっきりしているのはお客様の方だと思ったが、気持ちが良いくらい潔い購入の申し出に、

「ありがとうございます!そんな風にお褒めいただき、こちらの方が有難い限りです。こんなに素敵でお洒落なお客様にうちの商品をお着けいただけ、本当に嬉しいです」

私は素直に感謝の気持ちを伝えた。
すると、お客様。

「私、80過ぎてるのよ。まぁ、見たら分かるでしょうけど…こんな歳になって、身奇麗にお洒落してなかったらただの汚い老人でしかないじゃない。若い時は何にもしなくても良いけど、歳を取るごとに身は廃れてくるんだからそれなりに努力しないと…ね!」

お客様はウインクでもするように私の目を見て笑った。
私にこの言葉を聞かせてくれたのは、このお客様で二人目だった。もう一人は、vol.1でご紹介させてもらった〝ハードパンチャー様〟だ。
私は再び、同じような考えを持った粋なお客様と出会ったことに胸が弾んだ。
そして、歳を聞いて全くその歳に見えなかったことに驚き、

「お歳をお伺いして心底驚きました。全く見えません。いゃ〜お若いし、お綺麗ですね」

と、目を丸くしながら思ったことを口にした。お世辞ではなく、本当に見えなかったのだ。聞いた歳よりも十数歳は優に若く見えた。

「ありがとう!お世辞だと思って受け取っておくわ!!素敵な商品を紹介してくれてありがとう!良いお買い物が出来たわ」

そう言うと、お客様は何度も〝ありがとう〟と言いながら手を振って帰って行かれた。

そうだった…

遠ざかって行くお客様の背中を見つめながら、数時間前の自分の姿を思い浮かべていた。現実から目を逸らし、通りすがりのお客様方の思考を身勝手に想像し、商品の価格帯を問題視し、それが理由で売れないのだと苛立ちまで感じていた私。
時間を無駄に過ごしたことに気付き、後悔が襲って来た。

数字は追うべきものであって、追われた時には必ず負ける…
売ろうとすればするほど、買い手を見失ってしまうのだ。


我に返ったその瞬間、身体の内側から溢れ出てくる力を感じた。

お客様がより美しく輝けるものを提案する…

お客様の〝ありがとう〟と言う言葉で、それが私達の商売のやり方なんだと言うことを思い出させてもらった。
私は定位置に戻ると白紙の紙とボールペンを手に取り、ファーストアプローチの方法を書き出した。そして、販売スタッフを集めそれを実行するように伝えた。
見てもらえないのであれば、見ていただく為の演出をするまでだったのだ。
そうしたことで皆んなに火がついたのか、それともお客様がリズムを作ってくれたのか…
夕方から数字が動き始め、その日は目的地まで到達することが出来た。

仕事を終えた後、隣の芝生ばかりが青く見え、自分達の武器を疎ましく感じながら無駄に時間を過ごした自分を振り返り反省していた。すると、頭の中にクロスのペンダントを購入してくれたお客様の顔が浮かんだ。急に気持ちがほんわかとして来た。
先程までの反省はどこへやら、温かなものが身体中を徐々に覆って行くような、そんな感覚に包まれた。
自分の欲求や感情、主観的な考え方で何度も躓き、その度に素晴らしいお客様との出会いが道を開いてくれる。

つくづく私は幸せ者だ。

そう思った…


〜続く〜


百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!