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都会の鳩

毎年うちの裏にある畳一畳半ほどのヤードに鳩のカップルがやってきて、散々いちゃついてから卵を二つ産む。必ず二つだ。ここには私以外は殆ど誰も足を踏み入れないので鳩のカップルにとっては最高の秘所だ。安心して雛を育てる事ができる。人間で言えばちょうど1LKのマンションに住むって感じだろうか。鳩の雛はお世辞にも可愛いとは言えない。はっきり言ってかなり醜い。ゴツゴツとした骨っぽい身体にボロボロに生えかかった羽が生えて壊れた笛みたいなクチバシでピーピーと鳴く。動物好きの人たちでさえその姿を見ると顔をしかめる人が多い。親は親で幾ら私が世話をしてもちっとも有難いと思わない。私が行くとまるで殺人鬼が来たかのようにバタバタと大きく羽をばたつかせて逃げる。本当に可愛くない。私はどうかしてるんだろうか。そんな醜く汚い恩知らずの鳩たちに密かに愛情を感じ毎年雛が飛び立つまで世話をする。鳩たちを観察していると、彼らの行動がとても人間に似ている事に気づく。一定の友達関係があり、家族や親戚づきあいがあり、ゲームをしてみんなで遊んだりするのだ。彼らの遊びは昭和の子供達のシンプルな遊びに似ている。高いところから飛び降りて地面すれすれに急降下してまた舞い上がるのを誰が一番上手か競争していたりする。よく考えれば当たり前だが、それでもびっくりしたのは鳩も死を悲しみ、喪に服する事だ。今年の始め頃、カップルの雌の方が急死した。動かなくなって地面に横たわっているのを見つけ片付けようと外に出たら、いきなり雄が近づいてきて一生懸命死んだ雌を起こそうとした。普段は近づいてこないから相当勇気を奮ったのだと思う。死んでいることを理解できないのか、それともパートナーの死を認めたくないのか、とにかくぐったりとした雌の身体をあちこち突いて起こそうとする。そして最後に羽を引っ張った。雌の羽があたかも生き返ったようにパーッと開いた。どきっとした。一瞬生き返ったかと思った。私はその死骸を拾って今度は屋根の樋から私を見下ろす雄に死骸を見せた。「死んじゃったよ。もう生きていないんだよ。サヨナラ言って。」見上げると雄の目がハッキリと見えた。悲壮がどんよりと目の奥まで漂っていた。彼は立ち直れるだろうか。心配してちょっとリサーチしてみた。何とパートナーに死なれた鳩は暫く独り者でいるらしい。いずれは新しいパートナーを見つけるらしいが、その期間は鳩によって違うらしい。この雄は立ち直るのに時間がかかるような気がした。そう言えば彼らが引っ越してきた時、愛情表現が他の鳩のカップルに比べてかなり濃かったのを思い出した。「ある愛の詩」。昔の恋愛映画のタイトルが頭に浮かんでしまった。暫くの間彼の悲しみが自分の胸にどんよりと雲のように止まって離れなかった。その雄は一週間程ヤードで暮していたがいつしか姿を消した。彼が去って2週間ほどすると新しいカップルが何組みかここを訪れて場所争いを始めた。そして勝ち組が新たにまた卵を二つ産んだ。鳩の巣はだらしない。卵が平気で地面に転がっていたりして、その周りに拾ってきたゴミや枝がチョロチョロと置いてあるだけ。お節介だとは承知の上でいつもアマゾンからワラ製の巣をオーダーするのだが、今回はロックダウンの影響で配達に一ヶ月もかかると書いてあり、仕方がないので花瓶に生けてあった猫じゃらしを使って初めて巣を作ってみた。適当に作って紐で固定させた。結構時間がかかった。どうせまた感謝されないんだろうけど取り敢えず完成させた。そしていつものように近くに餌を入れた箱を置いた。それにしても最初にこのヤードを見つけた鳩は偉かったなと思い返した。どの鳩だったのだろう。私はラッセルスクエアにいるバードマンみたく鳩を一羽一羽見分ける事が出来ないので、同じ鳩が戻って来ているのかそれともいつも違う鳩が来るのか分からない。愛はあるが、手懐ける意志はない。バードマンは孫まで見分ける事が出来ると言っていた。鳩が家族を紹介しに連れて来るらしい。鳩たちは彼の頭や肩や手に止まって餌を貰いながら会話をする。都会の鳩なんてネズミに羽があるような存在で空のネズミと人は言い忌み嫌う。この世に生まれたところでただ厳しい生活が待っているだけだ。メリーポピンズの鳥の歌がそれを物語る。田舎に移動してゆっくり暮らそうなんて思いもしないところは理由は違うとはいえ、私にちょっと似てるかもしれない。私はビルに囲まれた都会で狭い空を見上げるのが大好きだ。一本線で宇宙に繋がっている気持ちがする。バルタン星人が空から登り下りするように。日が落ちてビルの窓に灯りが灯ると様々な人々の生活が影絵の様に夜の街頭に浮かび上がるのを見るのも好きだ。雨が降っていてもドアの外に出るとパーット人いきれを感じるところも好きだ。好き勝手でめちゃめちゃなファッションで人目を憚る事なく闊歩するエキセントリックな人たちとすれ違う時感じるオーラも好きだ。そんな事を考えながら鳩の巣をチェックしに行くと、私が折角作った巣から卵を外に移動させてあった。「アイツラ、ばかやろーふざけやがって。」と思いながらも、はて、どうやって卵を移動させたのだろうという疑問で頭が一杯になり、鳩が羽の手で卵を持ち上げて歩くありえない図が暫く頭から離れなくて困った。


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