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いま、この人が、居たならば


元旦の能登半島の大地震に、羽田空港の航空機事故と年初早々、傷ましい災害が続いています。

まずは被災された皆さまにお見舞い申し上げ、1日でも早く平穏な生活に戻られますことをお祈り申し上げます。

こんな状況下で望まれるのは、迅速な決断と果断な対応に尽きますが、「いま、この人が存命だったら、何をしていただろうか?」とつい思ってしまう一人が、この大野伴睦です。

わたしはこの本を手に取るまで、彼のことを全く存じ上げませんでした。

初版は1962年刊行ですが、今でも何ら色褪せることなく瑞々しく、ただただ痛快で、頁を繰る手が止まりません。

特に第三章の「陣笠時代」あたりまでは、「そう来るかっ!」というエピソードが目白押しで、それは例えば、1日目の身体検査で、しかも!虫歯が数本あるという理由で!陸軍幼年学校を不合格になってしまったかと思えば、上京後に金策に窮しては面識もない郷土の陸軍少将に金の無心で談判に及んで首尾よく翻訳の口述筆記に有りついたり、日比谷焼き打ち事件では扇動演説を繰り広げて逮捕されたものの、弁護士を志して身に付けた素養を駆使した抗弁で無罪放免を勝ち取ったのみならず(笑)、またしても金の無心で政友会本部に原敬総裁への面会を申し入れては党幹事長から見事に生活費の援助どころか、政友会の院外団に加わっては水を得た魚のようにアジ演説・熱弁の才を発揮してゆく、なんて姿。

大野が魅力的なのは、治安維持法違反による三カ月禁固の判決にも逃げ隠れせず、堂々と獄中生活を受け入れたのみならず、持ち前の機転で典獄をも魅了してタバコに有りついたり、顔見知りの刑事の計らいで市ケ谷監獄を1日抜け出しては浅草で芝居や牛肉を愉しんだりと、「事実は小説よりも奇なり」を地で行く姿にある。

あまりにも魅力的なのでネタバレ多すぎだったかもしれませんが、こんな調子で北里柴三郎や渋沢栄一、鳩山一郎らにも可愛がられた理由の一端には、鳩山への恩義を優先して大政翼賛会の推薦を断って結果的に選挙で落選する筋目の通し方に表れる「硬派」な縦糸と、政友会公認を目論んで選挙ポスターを印刷させたものの、幹事長談判も虚しく非公認となった後に選挙違反を避けつつ票集めの武器として「政友会公認」の文字を活かすため、小さい活字で「非」と加えて偽造ポスターにあらずと警察にも強弁した「軟派」な横糸の織りなす、唯一無二の極彩色を放つ大野伴睦に、周りがすっかり魅了されてしまうからだろう。

第四章の「恩讐の政界」以降では、苦境に陥った岸内閣延命に向けた岸・佐藤兄弟の空手形乱発・四枚舌工作も圧巻だが、そんな苦難にもめげずに大野が政治にひた走ったのは、「官僚政治家が持つ冷たさに対して、大衆感覚を、人間的なあたたかさを注入する」「日本の政治から、口先では綺麗ごとを述べる官僚政治家を追い出す」「政治に血と涙が通っている、人の心に通う政治という点では、権力の座に安住してきた官僚政治家には求められず、半生を国民の中で過ごしてきた私たち党人によってのみ、実現される」という強い想いを、己の矜持として掲げていたからであろう。

今となっては「官僚派政治家」以外に政治家は見当たらない、控えめに言っても、官僚的性格の党人しか見当たらないので、およそ60年前には「党人派政治家」なる歴史の遺物か徒花(要は、必然的な進化の帰結なのか、はたまた、時代の求めに応じて再登場があり得るのか、の二択で言えば、この政治不信を超えた政治無関心の現代では最早、党人派は徒花と捉えるのが必定と見るべきだと、残念ながら私は考えてしまう…)が居たのだなと、歴史的な学びにもなる痛快な一冊でした。

ぜひ一読を、お薦めします。

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