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ハロウィンの夜に

 ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。予報外れの雨に打たれながら、秋月は家路を急ぐ。街には街灯がともり、行き交う人たちも早足で駆けていく。きっと今頃は、こんな雨の中でも、渋谷ではしゃぐ若者たちがニュースにでもなっているだろう。なんといっても今日はハロウィンだ。最近は、仮装をして街を練り歩く人たちも増えてきた。もちろん、会社帰りで急いでいる秋月には縁のない話だ。

 ふと何かの視線に気づき、足を止め道の反対側に目を向ける。通り過ぎる車の向こう側から、誰かが秋月のことを見ていた。仮装をしているのだろうか。黒いコートにフードを被り、さらに周りは暗くなってきているので顔はよく見えない。しかし、それでも秋月に対して何かを必死で伝えようとしていることがわかった。普段はそんなこと気に留めることもなく通り過ぎるのに、今夜だけは違う。近くの横断歩道を渡り、その誰かに近づこうと思った。

 赤信号が青信号に替わり、秋月は横断歩道を渡る。秋月は心持ち早足でその誰かがいた場所に歩いていく。すると、そこにいたはずの誰かはいつの間にかいなくなっていた。訝しげながら辺りを見渡すと、ガードレールの足元に一輪の花が瓶の中に置かれていた。

秋月はハッとして辺りをもう一度見渡す。もう何年前のことだろうか。まだ入社して間もない頃だ。ちょうどこの辺りで、歩行者と自動車の事故があり、秋月はたまたまそこに出くわした。そして、救急車を呼びながらずっとはねられた歩行者の人を励まし続けたことがあったのだ。その後救急車で運ばれていったその人がどうなったかは教えてもらっていない。

ハロウィンに出てくるなんて今どきだな、なんて少し微笑みながらその場にしゃがみ込んで黙祷を捧げる。そして鞄に入っていたクッキーを一つ置き、秋月は今度こそ家路についた。

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