見出し画像

静かないきものとの新生活。


 昨年恋人の誕生日にプレゼントした、「選べる体験ギフト」の有効期限が迫っていた。数多くの体験から選ばれたのは、グラスアクアリウム。透明なグラスの容器に、石や流木、水草を入れていくアートだ。モノとして手元に残る手作り体験がしたいねぇと、なんとなく選択した私たちは、正直これを甘く見ていた。ところが、いろんな意味で想像とは異なっていたのである。

 当日、恋人と私は、奥渋の路地にたたずむお店を訪れた。店内にはいくつもの水槽が壁に沿って並び、中で小さな魚やエビが泳いでいる。水槽には水草やコケも育っているからか、緑が多く落ち着いた空間だ。同年代と思われる、物腰柔らかそうで、かつどこかおしゃれな雰囲気のあるお兄さんが出迎えてくれる。

 早速手作り開始。最初に驚いたのは、ボトルに入れる植物や砂利は、どれも本物であるということ。つまり、生きている。つまり、毎日水を取り替えて育てる必要があるということだ。本当に何も下調べせずに直感で訪れたことが、少し恥ずかしい。これはなかなかハードルが高いかも…と怯んでしまった。

 作業自体も、手先が器用というわけではないので、かなり苦戦。写真で見る見本のような可愛さとは異なり、センスや丁寧さが求められる、なかなか厳しいものではあった。
 しかし、お兄さんに誘導されながら、私たちはいつしか砂利を敷き詰め、さまざまな種類の水草や流木、石を選んで入れていく作業に夢中になっていた。
 
 だんだんと、水草たちにも愛着がわいてきた。例えば、コケの一種の水草は、石に巻き付けて緑色の紐できつく括り付けると、時間が経つにつれ自然と石に生えるように育つらしい。指で揉むと、ミントのような香りのする水草もある。それらをピンセットで根っこをつかみ、そーっと丁寧に砂利に植えていく。

 なんとかある程度の段階まで進め、完成。お兄さんが水を入れてくれる。容器が丸いと、水を入れる前と後とで、見える印象が変わるのも面白い。いったん水を抜いてもらい、私たちはほくほくしながら誕生日ケーキを買った帰りのように、丁寧に持ち帰った。

 どうやら、水は毎日入れ替える必要があるらしい。というわけで、ここ最近は毎日、晩ごはんの後に水を取り替えている。これが面倒と思いきや、むしろ水草たちが気になって、仕事から早く帰りたくて仕方がないようになった。無駄な残業も減って、それもまた良い。

 まったく想定していなかった、新しい生きものとの生活が始まった。毎日ゆっくり、見守っていこう。

この記事が参加している募集

新生活をたのしく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?