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『ソウル・サクリファイス』のどうじんし

ずっとソルサクの同人誌(てか、ぼくの考えた最強の魔物)を書こうと思ってたのですが、精神的に参っていたので流れに流れていました。やっと書いたよ。遅っせー!

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 昔々、あるところに美しい女がいました。金の長い髪は光を帯びてきらきらと輝き、青い瞳はアクアマリンのよう。しかし身寄りもお金もない彼女は、いつも煤けた恰好で、暗い路地で物乞いをしていました。

 頭巾の下に隠された彼女の瞳を見た者で、彼女に心を奪われなかった男はいませんでした。彼女もまた、自分を求めてくれる男たちに従順でした。そんな彼女が求めるものはたったひとつ。お金でもなければ、豪華な装飾品でもない、「心」を求めておりました。

 美しい彼女がひとりきりな理由はただひとつ。彼女は愛を求め過ぎていたからです。しかし、物乞いの女においそれと心を捧げる男はおりません。ですから、彼女はいつもこう言いました。

「あなたの身に着けているものをひとつください。あなたと思って大切にしますから」

 なかには高級な万年筆を渡す男もありました。なかには取れかけのジャケットのボタンを渡す男もありました。なかには笑って、飲みかけのコーヒーとカップを渡す男もおりました。

 それでも、彼女にとってはどんなものでも素敵な贈り物。どんなものでもすべてが宝物。

「私は好きよ、あなたが好きよ」

 そう繰り返すたび、その言葉は真実へとなっていきます。そんな彼女の長い髪に巻かれるような心持ちに男たちは恐怖を抱き、誰しも一夜でそっと彼女のもとから去ってしまうのでした。そんな夜は、彼女は贈り物を見返して、一夜の夢を思い出すのです。

 彼女は信じていました。100と1つの思い出が集まれば、この寂しい胸の内は温かく晴れるのだと。机の引き出しのなかの宝物を数えると、ぴったり100。ああ、あと1つ。

◇◇◇

――毎夜毎夜のそんな悲しい姿をひとり、じっと見守る者がいました。一匹の燕です。

 外はもう冷たい北風の吹く冬空。燕には少々不向きなお空です。燕は、宝石で飾られたひとりの王子の像に仕えており、街中の貧しい者たちに救いの手を差し伸べる手伝いをしていました。

「王子さま、悲しい女が街のあばら家に住んでいます。毎夜ガラクタを眺めては、寂しい気持ちを埋めているのです」

 王子は言いました。

「彼女の気持ちを埋めるため、私にできることはないだろうか」

 燕は言いました。

「100と1つの贈り物を集めれば、彼女は幸せになれると信じています」

「それでは、私の指輪を彼女へ届けてくれないか」

 燕はうなずくと王子のルビーのはめ込まれた指輪を咥え、女の元へと飛び立って行きました。

◇◇◇

 女は今日も、路地裏で自分を愛してくれる人を求めて立ち続けています。風はすっかり冷たくて、彼女の薄い羽織りでは体もすっかり冷えきって、体はカタカタと震えていました。

 そんな時、一匹の燕が彼女のもとへ降り立ちました。燕は言います。

「あなたを想う優しい方からの贈り物です。どうぞ大切になさってください」

 女は驚きつつも、燕から渡された指輪を受け取ると、ぎゅっと握りしめました。

「ありがとう、優しい燕。そして、見ず知らずの素敵な方」

 女がそうにっこりとほほ笑むと、燕は温かな気持ちになり、満足そうに飛んでいきました。

 その夜、彼女は引き出しのなかにそっと指輪をしまうと、いつものように宝物たちを思い出とともに数え始めました。ひとつは自分を哀れんだ男の悲しい瞳、ひとつは自分を意のままにしようと首を絞めてきた力強い手、ひとつは母親の名を呼びながら自分を抱いた腕……。ひとつとして、同じ思い出はありません。

「これで100とひとつの思い出がそろった。これで私は満たされる!」

 ガラクタを胸に強く抱きながら、女は膝を床について祈りました。「どうか神さま、私を愛してください」と。けれども、女の心は晴れません。こんなにもたくさんの夢を見たのに、どうして私ばかりひとりきりなのでしょう。女は膝をついたまま、澄んだ瞳からポロポロと涙を流しました。

 それを窓の外から見ていたのは、あの燕。これで彼女は幸せになれるはずだったのにと、不思議で仕方がありません。早速王子のもとへ飛んでいくと、燕は女のことを話しました。

「まだ彼女は不幸を背負っています。それがどうしてなのか、私にはわからないのです」

 王子は言いました。

「ならば私のこのサファイアの腕輪を彼女のために運んでおやり」

 燕は言う通りに王子の腕輪を外すと、一目散に女のもとへ飛んでいきました。これできっと彼女も幸せになれるはず。だって今まで、こうしてたくさんの人間を幸せにしてきたのだから。

◇◇◇

 しかし女の涙は枯れることなく、毎夜毎夜、零れ落ちます。燕は戸惑いました。高価で、しかも王子の平等な愛がこもった装飾品でさえ、彼女の寂しさを消すことができないことに。

 そんな燕の話をきくたび、王子は自分を飾る宝石たちを燕に渡しました。冠の宝石を、金の首飾りを、プラチナのベルトを……。それでも彼女のわびしさは、埋まることを知りません。

――気が付けば、王子の体はただの石像同然の姿になっていました。むしろ、ほころびんだその姿は、人に見向きもされない王子の残骸。

「私には、もう彼女に与えられるものなど何もない。私はただの瓦礫になり果ててしまった」

 燕はその姿を、黙って見守ることしかできませんでした。

「彼女を救うことは、私にはできないのだろうか。私の持つすべてもってさえ、彼女は満たされることはない。高価なものに陶酔するわけでもなく、見知らぬ人の善意を求めるわけでもない。彼女の求めているものは、私にはわからない。けれども私は彼女を救いたい。寂しい心を消して、幸福で満たしたい。

 それにしては、私の体はあまりにも無力だ。あまりにも、あまりにも無力だ」

 そのとき、目の前に不思議な光景がひろがりました。白い「杯」が宙に浮き、王子の意識に直接かたりかけてきたのです。

『願いを叶えたければ、相応の犠牲を払え』と。

 王子は悩みました。何せ王子には、犠牲を払えるほどの何かを持ち合わせていなかったのです。悩める王子を前に、燕は言いました。

「王子よ、私はしょせん冬を越えられぬ短い命でございます。ですから、私の命をあなたに捧げましょう」と。

 王子は戸惑い悩みました。けれども見ず知らずの女への執着は、いつの間にか燕への愛情を超えたものになっていたのです。

「この燕の命を捧げよう。燕は私の半身、私の心」

『盃』が頷くように光輝くと、王子の姿は黒い翼の生えた化け物になっていました。石像であったころのような重い体は姿を変え、燕のように自由に飛べるこの体。王子はまっさきに女の元へ向かおうと翼を広げました。

 しかし、世界は暗闇に満ちており、一寸先も見えません。そう、王子は瞳さえも女へ捧げてしまっていたのです。

『彼女のもとへ飛んでいきたい。彼女の姿を一目見たい。彼女の悲しみを、自分の手で拭い去ってあげたい』

 そう願っても願っても、王子は想う女の元へは辿り着けません。

――しばらくして街では、悲しい鳴き声とともに一匹の醜い化け物が上空を舞い、女をさらうと噂が流れるようになりました。

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『燕と王子』

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