Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−13

フリーダは「はーあ」とわざとらしくとため息をつき、頭を抱えてテーブルの上に突っ伏したまま動かない。
「私にとってエルヴィラは『よき友人』だけれど『よき上司』とは言えないわね」
「へぇへぇ、『よき上司』でなくて悪うござんした」
私が彼女に返事した直後、私は店内の雰囲気に違和感を覚えた。室内に、イヤな臭いと共に煙が漂っている。
私は、すぐさま視線を、煙が漂う方向に向けた。
そこには剣呑な表情を浮かべた若い男がいた。金色の髪を全体的に短く切り揃え、後ろ髪は刈り上げている。肌色は白いが、私たちの座席からはちょっと離れているので、ぱっと見ではスラブ系ともゲルマン系とも判断できない。瞳の色はエメラルドグリーンで、目の大きさは普通、やや切れ長。裾を出した黄色のTシャツ、ロングパンツは黒デニム、足下は白のスニーカーといういでたちで、椅子の背もたれに反っくり返り、太ももを椅子の幅一杯に広げながら、うまそうにタバコをくゆらせている。
この店にはドレスコードはないが、上流階層所属の常連客が多いから、男のような格好でやってくる来客は少数派だ。
フリーダも私と同じタイミングで目線を変え、男をにらみつけている。この店は「全館禁煙」のはずだ。にもかかわらずタバコを燻らせるとは、本当にいい度胸をしているわ。
店員の一人が男に注意するが、彼は平然とそれを無視する。他の客も、男に怒りのこもった視線を向けるが、彼はそれを気にする態度を見せない。
他の店員に呼ばれてやってきたのだろう。茶色のベストを着用した、上級店員がオトコの席にやってきた。
「お客様、ここは全席禁煙でございます。こちらの指示に従えないのなら、今すぐ退店してくださいませんか」
彼が出した警告に、男は「チッ」と舌打ちをし「うっせぇな」と悪態をつく。タバコを吸うと、注意した店員の顔に、タバコを吹きかけた。この様子を見た周囲の客が、一斉に騒ぎ立てる。禁煙席での迷惑行為だから、他の客が怒るのは当然だ。
「警察を呼べ! なにグズグズしているんだ」
「店の雰囲気に合わない客はたたき出せ!」
店内のいたる所から、抗議の声が次々と湧き起こる。しかし男はそれを聞き入れるどころか、ふんぞり返って周囲にガンを飛ばす。
2人の店員と男は、衆人環視の中で「規則違反だから出て行け」「何だとコラ」と、押し問答を続けた。
「とても見ていられない。私が出ようか?」その様子を見ていた私に、フリーダは目で制しながらいった。
「今はまずい。ここに皇女がいるとわかると、ゴシップ雑誌にあることないこと書き立てられる。それで辛い目に遭うのはマリナだけじゃないなのよ」
「そんな! 店員や一般客がケガしたらどうするの!」
「エルヴィラがケガしたら、私だって責任を問われるんだよ!」
「『店内でのトラブルを尻目に、皇族は吞気に友達とお茶してましたなんて』書かれる方が、よっぽど問題でしょうが!」
「こういうトラブルに、皇族が首を突っ込むのは得策じゃない」
納得できない私に対し、フリーダは「とにかく、今はダメだってば」と、必死に私を押しとどめる。しばらくの間、周囲の目を気にしつつ、私たちはテーブルを挟んで、ひそひそ声で押し問答を繰り広げていたのだが……
「ガシャーン!」店内に、何かが割れる音が鳴り響いた。
その直後
「うっせぇんだよこの野郎! 表出ろや!」
という男の怒鳴り声が店内に響き渡る。察するに、しつこく店員が「出て行ってくれ」だの「お客様は、この店の雰囲気にそぐわない」だのと、しつこく言われてキレたのだろう。
「んなぁろぉぉぉ──!!」という奇声を上げながら、男は店員に殴りかかる。店員は身体をひょいとかわしてパンチをかわすが、彼は二度三度と殴りかかる。その様子を見た私は限界だった。まどろっこしくて、見ていられない。
「ごめん、フリーダ……私、いってくるから」とフリーダに声をかけると、群衆をかき分けて、男の前に身を乗り出した。
ざわついていた来客も、しんと静まりかえる。そりゃそうだろう、一触即発のところに、得体の知れない女性が登場したのだから、彼らが私を奇異の目で見るのは当然だ。
フリーダの様子を窺うと、彼女は「あちゃー」という表情を見ながら、額を右手に当てている。「どうなっても知らないからね」たぶん、そう思っているのだろう。
「なんだてめえは?」男は頬をぴくつかせながら凄む。
「つい最近まで、この店で働いていたアルバイト従業員ですがなにか?」
「元従業員だとぉ?」
「はい、そうですが」
「現役の従業員じゃないだろうが! 関係のないのはすっこんでろ!」
「いいえ、そうはいきませんわ」努めて冷静な口調で、私は応じた。
「何が不満があるのか存じませんが、決められたルールは守って頂きませんと、他のお客様の迷惑になりますわ」

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?