ヒッヒッフー

「私たち、絶対にお互いを裏切らないって約束したよね?

あの約束、もう忘れたの?」

「覚えてるけど・・・仕方ないじゃない。
誰にも渡したくないほど、あの人を好きになっちゃったんだから」

誰も居ない体育館でひとり、居残り練習をしていたら、入り口の前で女子生徒二人が激しく言い争っているを目撃した。

「言っとくけど、松川くんは私のものだから。あんたなんかには、絶対に渡さないから。

ていうか、あの人があんたに夢中になるとか、まず有り得ないから」

「は?何調子に乗ってんの?
松川くん、少し前に私のこと『色白で可愛い』って褒めてたし?これからどうなるか分かんないよ?」

なるほど、親友同士で同じ人を好きによくなってしまったのか。それは大変だな。しかし、今の私はそれどころではない。
「16時までに体育館の中を10周走らなければ、卒業はできない」と、

担任の先生から言われているのだ。

「色白で可愛い?どこが?あんたの聞き間違いなんじゃないの?」

「自分が言われなかったからって、負け惜しみはよしてよ。みっともない」

親友Aと親友B(勝手に名付けた)のバトルが白熱してきた。じっくりバトルを観戦したいところだが、今の私には卒業がかかっている。体育館を走っていることが気付かれないよう、音を立てず、静かに走ろう。
二人がいる体育館の入り口の前を避けて走れば大丈夫だろう。

「あんたのこと、一番信用できる親友だと思ってたのにのに・・・サイッテー」

「恋人同士でもないのに、『約束』とか『裏切らない』とか・・・

正直、重いな~って思ってたんだよね。今まで言わなかったけど」

ヒッヒフッフー、ヒッヒフッフー。
フー、やっと3周。そろそろ、親友Aと親友Bのバトルは終わったかな?

あれ?まだ終わってない。あと7周も走らないといけない。

ズボンからはみ出たお肉が重たい。
あの二人が取り合っている、松川くんとやら、廊下で何度か見かけたことがある。ワイルド系って感じ?確かにまあまあカッコ良かったけど、別に取り合う程ではないかな。どちらかというと私は、切れ長の瞳がとてもセクシーな、茶髪の村瀬くんの方が・・・。

「思ってたんなら、直接言ってくれても良かったじゃない。

この卑怯者!裏切者!絶対の絶対に、許さないんだから」

「言ったところで、何か変わった?きっと何も変わらないわよ。今みたいに、私のことを罵って終わり。言っても無駄だと思ったから、言わなかったのよ」

ヒッヒフッフー、ヒッヒーフー。
ヒー、やっと7周。あと残り3周。16時まで、あと10分しかない。

間に合うか?いや、絶対に間に合わせてみせる。

「ダン!」

あ、ついうっかり音を立ててしまった。
親友Aと親友Bがこちらを振り返る。

「いやあ、今日は暑いですねえ」

気が動転して、意味の分からない言葉を呟いてしまった。

全速力で走ったから、暑いのは本当なんだけど。

「16時までにあと3周走らないと、高校卒業ができなくなってしまうんです。どうか、私のことを応援してくれませんか?」

パチパチパチ!親友Aが、手を叩いて私のことを応援し始めた。
「フレー・フレー!」親友Bが大声を張り上げて、私のことを応援し始めた。

キンコーンカーンコン、キーンコーンカーンコーン。
10周走り切ったちょうどその時、16時を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。
親友Aと親友Bの熱烈な応援のおかげで、私は無事高校を卒業することができた。


この小説について:

公募ガイド 阿刀田高の「TO-BE小説工房」に応募したが、残念ながら

落選してしまった作品。お題は「修羅場」でした。

高校3年生の時に体験した出来事が基になっています。

大勢の人に読んで欲しいと思って、ノートに公開しました。

著作権フリーです。転載も改変もどうぞご自由に。

吉本興業のお笑い芸人さんがコントにしてくれないかな~とか思ったり。

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