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「できる」「できない」の判断は客観で決める

「自分は何もできない」と思う心は、8割以上が主観で出来ている。誰かから「何もできないな」と言われたわけでも、本当に“何も”できなかったわけでもない。事実ちゃんと職について、食べていけているのだから。

できることは自分の中で“当たり前”になっていて、できない部分、足りない部分に意識が集中しがちだ。「何もできないから、せめて迷惑はかけないように」なんてクヨクヨと友達に話したら、「できること」をもっと細分化して見ていった方がいいよ、と言われた。

例えば、仕事。
他言語の競合リサーチをして、構成を考えることはできる。取材先の選定はできる。アポ取りはできる。ライターさんのアサイン、もしくは自分で書くことはできる。取材、撮影、インタビューはできる。

「普段仕事でやっていることだから、ここは“できる”って言えるところだよね」と友人。

では、私が言った「できない」は何だったのか。
自分で書いた文章が、わかりやすいか、読者にとって有益かどうか不安。取材で必要な情報を聞き出せているか、きれいな写真が撮れているか。そして最終的に、読者にとって必要のある記事ができているかわからない。

わからないから、できていない。その結果、「できない」に行きついていた。けれどこれは「できない」ではなく「わからない」事実があるだけだ。

できているか否か、主観では正しい判断ができない。今よりもっとスキルアップしたいと思えば思うほど、できないところに目が行きがちだ。そうならないために必要なことは、

1.「できること」のハードルを下げること
2.成果物に対して多方面から多くの反応をもらえるようにすること

を大切にしていきたい。「できる」は反応の云々によらず、作業としてできるか、できないか。できたらその結果はどうだったのか、意見を聞く。

「何もできない」と自分をいじめるのではなく、自分がどこまでできてどこからが難しいのか、正しく判断する基準を作る。

2019年は無駄な落ち込みを少なくできるように。もっと自分について知っていく年にしたい。


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