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大丈夫かな、大丈夫だよ

お店に続く階段の前で、しばらく立ちすくんだ。進めたい仕事がある。できればまっすぐ家に帰って仕事をしたほうがいいけれど、誰とも話さずに1日を終えたら明日に響く。そんな気がした。

階段の前で、何十回と見慣れたメニューをパラパラめくってみる。「行くならこれ」と、頭の中ではすでにメニューは決まってるのに、眺めずにはいられない、自分なりの時間稼ぎだ。


「端っこは寒いよ」と店員に促され、真ん中の席に座った。「いつものアレにしとく?」と聞かれて、「それが飲みたい」と答える。

今日はお昼に油そばを食べたから、夜はご飯がいいなと思った。初めて頼むバジルリゾットをリクエストして、出てきた“いつものアレ”を一口飲んだ。さっぱりしていて少し甘い、大好きなレモンチェロ。

「で、悩みは恋愛?」と声が聞こえる。

アラサーがいつも恋愛で迷子になると思っているなら大間違いだ、と声に出さずに言う。いつもはサラっとかわせる挨拶程度の冗談も、今は1つ1つが爆発を促す引き金のようになっていて危ない。すぐに答えるのは危険だった。

レモンチェロをごく、ごく、と2,3口のみこみ、一呼吸して、「すごく些細なことなんだけど……」と私は話を始めた。

新しいことに挑戦する時は、いつも「ちゃんとできるかな」の不安が先行する。

「そもそも転職してる時点で、やったことしかないことが全てなのはわかるけど、でもそれでも、自分にできるかなって不安になって……」

そう、頭ではわかっているのだ。長く続けている人には勝てない、もともと素質のある人には敵わない、自分はそんなにうまくやれる人間じゃない。けれど、それを承知で選んだ道だというのは、最初から自覚がある。

「それはもう、やるしかないよね」カウンター越しから返事がきた。

そうそう、そうなんだよ。けれど、ほんの些細なきっかけ1つで「やるしかない」と割り切った気持ちはガタガタ崩れることもあるし、それが原因ですべてが嫌になってしまうこともある。そんな中で、それでも這い上がる方法は、続けるということ。行動するということ。

もやもやと呪文のように繰り返していると、また声が聞こえてきた。

「大丈夫、きっと大丈夫」

カチコチに固まった心に何かが流れる。引き続き唱えられる呪文に対して、うんうん、とうなずきまた一言。

「大丈夫、絶対できるよ」

流れとともに、何も受け入れられなかった心が、ようやくまた動き出した。

残り一口のレモンチェロを飲み干し、「私でも、できるよね」とつぶやく。


大丈夫かな、の不安の呪文は、“大丈夫だよね”に変わっていった。

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