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8月のテーマは「真夜中のいちばん深いあお」 #HOTELmoshica

このnoteは架空のホテルをテーマにした"お菓子とことばの展示"の企画に寄せて執筆したショートストーリーです。11月10~11日に開催する「 #HOTELmoshica 」の展示にて、物語の世界に遊びにいらしてください。


真夜中のいちばん深い青まで、あと何分?

宵闇にだけ姿をあらわす、光がある。

夜のてっぺんにだけ、見える色がある。

眠らぬ少女だけが知っている、夜の青空。

前回、とある国の眠れぬお姫さまをご紹介したのだが、どうやらぐっすり眠れるようになったのだとか。


腕利きのまくら職人が傑作を完成させたのか?

それとも、素晴らしいまくらがあると噂のホテルに秘密が?

そろそろ嘘のような本当に近づきつつあるようです。さて、まくら職人の旅路を追うとしましょう。

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まくら職人は最高のまくらを完成させるべく例の「HOTELmoshica」にやってきました。目的はひとつ、まくらの研究開発です。

「このまくらを譲ってもらえないか。うちの国のお姫さまはなかなかぐっすり眠れないんだ。お可哀そうに」と、ホテルの女主人に訪ねました。

女主人はたいそう申し訳なさそうに「それはできません。ここを訪れたお客様のみた夢が記録されていますから。ここに置いておかなくては、いけないのです。」

がっくりうなだれるまくら職人。すると女主人が小瓶を手渡しました。細かな花の粒や葉が、さらさらと乾いた音を奏でます。

「どうかお姫さまが、真夜中をいつまでも大切に思えますように」

職人はそれが何かがわからぬまま、とぼとぼとお城へ帰ります。一緒に渡された"つくりかた"を読みながら、どうやらお城のシェフか菓子職人にわたした方が良さそうだと納得した様子です。

その夜、お姫さまはHOTELmoshicaからの土産を受け取りました。

小瓶ではなく、かわいらしいカップに入った姿で。

「まぁ、これは。」


「いつもひとりで眺めている、真夜中が手のひらに。素敵だわ。」


お姫さまはカップに口をつけ、そうっと真夜中を飲み込みます。

「そなんだかほっとするわ。この時間はいつも寝なくっちゃ、とかえってドキドキしていたから。とっても不思議な気分よ。」

さて、カップも空になるころに、お姫さまはベッドに寝転がりすやすやと気持ちの良い寝息をたてているのでした。

王様とお妃様はシェフと菓子職人を呼びつけ、この不思議な飲み物について心配そうにあれこれ問うています。

「これは草花や葉をつかった、ハーブティーと呼ばれる、自然の飲み薬のようなものです。ご安心ください。」

お姫さまはそれから毎晩、真夜中色をカップにたたえてうっとり眺めました。そして飲み終わると、心地よいまどろみのあと、ぐっすりと眠りにつくのでした。

真夜中を飲みこんだお姫さま。夢のなかで見上げているのは、夜の青空。きらめく星々やおぼろげな月の光も、ずっとよく見えるような気がします。

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安眠と真夜中の青は、等価交換の関係にあったのか。

否。

お姫さまと真夜中がずっと傍にいられるように。

誰も知らないあの空を、美しいと感じたことをどうか覚えていてほしい。

王様でもない、お妃様でもない、神父さまでも、神様でもない、少女が見つけた光だけが、正しく美しいという事実を。


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