コルビュジエは20世紀のインフルエンサー

ル・コルビュジエは20世紀のインフルエンサー

2019年夏、私は一人、フランス・パリのパッシー地区ジャスマン駅に降り立った。パッシー地区はパリの高級住宅地である。ルーブル美術館からセーヌ川に沿って西へ進み、エッフェル塔を過ぎたあたりで北に登った高台に位置する。

観光客は一人もいない。夏休みシーズンだからか、地元住民の人影もまばらだ。治安は大丈夫なのかと一瞬不安になる。女性と小さな子どもが手をつないで歩いていく。子どもがいる街は安全だと聞いたことがある。きっと大丈夫だろう。なんといっても高級住宅地だし。

多少大丈夫でなくても、今さら引き返すわけには行かない。はるばる日本から世界遺産を見るためにここまで来たのだ。迷いに迷ったせいでSIMフリーiPhoneの電池残量は20%を切っている。Google Mapが使えるうちに早くたどり着かなくては。


ル・コルビュジエ。誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、20世紀の偉大な建築家だ。ル・コルビュジエの17の建築作品が世界遺産に認定されている。そのうちの一つ、ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸を見にやって来たのだ。

世界遺産なのだからもう少し目立っても良さそうなものだが、看板は小さいしフランス語のみだし、門から建物までの石畳の道も長いし、まったくアピールする気配がない。腕利きの料理人が経営する、知る人ぞ知る隠れ家レストランはきっとこんなところに店を構えているのだろう。
何はともあれ、たどり着いた。

ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸は上から見るとL字型の建物で、手前は住宅、奥はもう1世帯の住宅兼ギャラリーとして設計された。横長に続く窓とピロティ(柱で支えられた空間)が特徴的で、1923年築とは思えない洗練されたデザインである。

しかし、確かに美しさは感じるが、シンプルすぎていっそ現代人の私には「普通の建物」に見える。建物の周りは豊かな緑が茂っており、その緑の向こうには格子の窓と勾配屋根の洋館が立ち並んでいる。そちらの方がよほどパリらしい。

緑が無かったらもう少し早く気付いたかもしれない。

ロシュ邸の周囲には、似たような建物が少しどころかまったく見当たらなかった。

周りを囲むのは、築100年を超えるであろう石造りの建物。窓は小さく、外壁に装飾的なデザインが施されている。私たちがパリの街をイメージするときに思い浮かべ、目にしたときに思わず写真を撮りたくなるような街並みだ。
それに対してラ・ロシュ=ジャンヌレ邸は、窓は横長に大きく、四角形のシンプルな外観である。パリの街並みとはかけ離れている。それは、現代の私にとっての「普通」でもある。

「普通でない」ロシュ邸が、現代の「普通」になった過程。1923年に現代の「普通」の礎となる設計をしたこと。実は、それこそが世界遺産たる価値なのだ。

コルビュジエは、19世紀までの建築の常識を打ち破り、「20世紀の普通」を生み出した。建築家としての影響は計り知れない。現代に例えるなら、iPhoneを世に生み出したスティーブ・ジョブズのように、時代にインパクトをもたらした。

私たちがもうiPhoneのない時代には戻れないように、建築はコルビュジエがいない時代には戻れない。だからこその世界遺産認定なのだ。

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