推しは推せるときに推せ。

新型ウイルスの影響で大規模イベントが軒並み中止されている今、この言葉を改めて心に刻んだ人も多いことだろう。自粛ムードは当分続きそうだ。
しかし、イベントは自粛しても、心まで自粛する必要はないだろう。こんな時だからこそ、心は軽やかに前向きに保ちたいものだ。

あなたの心には「推し」と呼べる存在がいるだろうか。

アイドル、ミュージシャン、俳優、スポーツ選手や料理人、棋士、作家など、どんなジャンルの人でも良い。その人のことを考えるだけでテンションが上がる。その人を、あるいはその人が生み出したものを、見聞きし触れるだけで幸せな気持ちになれる。他に比べられる人はいない。そういう存在があなたにとっての「推し」だ。（ちなみに私の推しはイギリスのロックバンド・QUEENのロジャー・テイラーだ。御年７０歳。最高にかっこ良くて最強に可愛い、奇跡の人だと思っている。同志の方がいたら何年代のロジャーが一番かっこ良いかをぜひ語り合いたいので連絡ください。）

無邪気に言えば「大好きな人」であり「ファン」だけれども、特定の誰かを「推し」と呼ぶとき、そこにはもう少し切羽詰まった感情も含まれているように思う。

もう無邪気な子どもではない私たちは「推し」が永遠ではないことを知っている。いつか活動を辞めてしまうかもしれない。いつかその姿を見られなくなる時がくるかもしれない。そして、その「いつか」は必ず訪れる。そのことを知っている。
貴いものほど、壊れるときは一瞬だ。大切だからこそ、いつもどこかで喪失を恐れている。
きっと、それが切羽詰まった感情の正体だ。

　でも、喪失の恐怖を乗り越える価値があることも知っている。「推し」の素晴らしさを知っている。だから、推しを推すことを止めたりはしない。

きっと「推し」は心の「旬」なのだ。

スーパーに行くと、季節の野菜や果物が山と積まれている。これからの季節だとキャベツやタケノコだろうか。その食べ物が一番美味しく食べられる時期を「旬」と言う。元々の意味では、旬は１年のうちで１０日間しかないそうだ。旬のものを食べるとき、私たちは季節を楽しみ「今だから味わえる」ことに感謝して有り難いと思いながら食べるだろう。

　「推し」も同じだ。広い世界で、今、この時に出会えたことに感謝する。同じ時代を生きられたことに感謝する。出会えて「好き」と思えた自分の感受性にも感謝する。推しにお金を使えることにすら感謝するだろう。推しに関わるすべては「有り難い」という感情に着地する。

　推しがいる、という人は幸いである。人生が楽しい。人生は、ともすると「やらなければならないこと」に塗りつぶされる。今勤めている会社だって、初めは入りたくて入社試験を受けたはずなのに、今や「行かなければならない場所」「やらなければならない仕事」になっている。
そんな中で嘘偽りなく「やりたいこと」だと言えること、それが推しを推すことである。

人生を楽しみたいなら推しを推すべきだ、とも言える。食にこだわり、食を楽しめるレストランや旅館ほど、旬の食材をメニューに取り入れるよう気を配っているではないか。旬を楽しむ食事は楽しい。旬を楽しむように推しを推すことを楽しむのは、人生を楽しむことにつながる。
　
また、推しを推すとき、私たちの心はみずみずしく、つややかで、鮮やかで、美しくなる。旬の食べ物がみずみずしく、つややかで、鮮やかで、美しいように。

「いいな」と思ったことや「好き」という感情は自分の中に取り入れて、育てていくべきだ。その方が人生楽しくなるし、人生を楽しむ人が増えれば、世の中も楽しくなるはずだ。

　明日何が起きるか分からない、不確実な時代だ。大地震が起きるかもしれない。新型ウイルスが発生してコンサートが開かれないかもしれない。グループが解散するかもしれない。それどころか、ひょっとしたらシン・ゴジラのような新生物が現れないとも限らないし、隕石が地球に衝突する日が来るかもしれない。極論を言えば、自分自身が明日生きていることも１００％確実なことではないのだ。

もう大人である私たちは、無数の「かもしれない」を想定することができる。そして、そのうちのいくつかは、この数年の間に起きたことであるし、これから数年で起きるかもしれないことだ。

　でも、少なくとも今日、私たちは生きていて推しを推すことができる。ライブには行けなくても、作品を楽しんだり、同志と語り合ったり、推しのTwitterやインスタに「いいね」を押すことができる。そうやって楽しんで、自分の心を健やかに保ち、豊かに育てることができる。有り難いことである。

　こんな時だからこそ、声を大にして言おう。
推しは推せるときに推せ。そして人生を楽しもう。