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グレイヘア

長い旅を終えた時、
黒髪の根元がまっすぐな線を引いたように白く変わっていた。
自然のまま生きることが心地いいと感じていたわたしが、たった一つだけ踏み込むことのできなかった世界。
それは、グレイヘア(白髪)でいることだった。

毎月この白いラインが現れ始めると、「染めるのはもう嫌だなぁ」とつくづく思いながら結局染めの作業にかかるのだが、この日は違った。
「もうやめよう」
はっきりとそう思った途端に、すっと胸のあたりが軽くなった。
でもすぐに雨雲のような不安が広がり始め、あっという間に軽さを消し去った。

”大丈夫なのか”
まず自分の白髪がどれくらいなのか知らなかった。
数センチの白い線が、真っ白な髪を想像させる。
自分がいったいどんな風に見えるのかも想像できなかった。
50歳になったばかりなのに、真っ白な髪でいいの?

賛同してくれる何かが必要だった。
コンピューターの前に座り、まず『美しい白髪』と検索をしてみた。
白髪染め、白髪染め、お年寄り、白髪染め… はぁ…とため息。
次に英語で『Beautiful Gray Hair』と入れてみる。
わぁ! 美しいグレイヘアの人たちが現れた。
世界には、そのままの美しさで生きる人たちがたくさんいた。
わたしが住みたい世界はここだった。

いろいろと調べていくうちに、シンディ・ジョセフという、60歳のモデルを見つけた。
シルバーに輝く長い髪と堂々とした笑顔。
そして彼女が『Pro Age 』というムーブメントを起こそうとしていることも知った。

アンチエイジングではなく、プロエイジ。
”今の自分を楽しむ” とわたしは訳してみる。
まさにこの言葉が、今のわたしの心境を現してくれていた。
すっかり高揚した気持ちになり、わたしはシンディにメールを送った。

『わたしは今、鏡の前で本来のグレイヘアに戻そうと決心しました。そんな時、あなたのPro Ageという言葉に出会いとても勇気をいただきました。』
スーパーモデルと言われていたので、本人に届くかどうかもわからなかったが、驚いたことにすぐにシンディから返事が来た。

あなたがプロエイジを生きると聞いて、わたしはとてもワクワクしています。
プロエイジとは、”人生はその生涯を通して楽しいもので、その楽しみは決して20歳前後だけで終わるものではない”
と世界に現すことができる生き方だからです。
齢をとると、愛が深まるし、賢くもなる、もっと熟練したアドバイスもできる。
ますます良くなると思わない?
見かけだって、年季の入った革製品や木の器のように、味わい深いものになるわ。
しわやシミのようなマークのひとつひとつに、物語がある。
それが人生をもっと美しくするのよね。
輝いて人生を愛してね。
誰もがあなたの目の中に魔法を見るでしょう。


あれから6年の月日が経ち、今ではグレイヘアという言葉も、美しいグレイヘアでポーズする人たちも日本にはたくさん増えた。
わたしの長い髪も銀色に輝き、今まで身につけたことのない色が映える。
美しい髪は、自分の歴史の折々に色を変え形を変えて、人生の大切な一部になるのだとつくづく思う。

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