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熊、タイに行く①〜はじめてのひとり旅〜

はじめての海外旅行はひとり旅だった。
23,4歳くらいだったか。それまで海外旅行に興味もなかったのになんとなくどこか行きたいなと思い立った。パスポートは大学の友人たちとの卒業旅行(諸般の事情により中止)のために取得済み。そういえばタイのバンコクに友人が住んでるなと気づいて、連絡したら「ごはん食べよう」となった。

ところで、これはまったく参考にならない類の海外旅行体験記だ。
私はこのタイを皮切りにあちこちへ出かけ、一時は海外に住んでいたこともある。だから思い出話はたくさんあるのものの、それだけだ。役に立つようなアドバイスはほぼない。特にこのタイ旅行はだいぶ前の話だから、今とは事情が違うことも多いと思う。
旅の反面教師、または、なんとかなるもんだなあくらいに思って読んでくれたらありがたい。
できれば旅って楽しいよねっていうのが伝わるとなお良い。


1.準備


当時勤めていた会社は色々とアレだったが、1人1部署と言われるくらい色んなことが各自の裁量に任されていたので、自分で仕事を調整さえすればいつでも気軽に有給を取ることができた。先輩の女性社員なんかは自由自在に縦横無尽に生理休暇を申請していたし。
そんな環境なので、すぐチケットを予約。輸出入の仕事をしていたためたまに上司の出張の手配を頼まれることもあって、その辺だけは慣れていた。ホテルは友人がおすすめのところを取っておいてくれると言うので予算を伝えてお言葉に甘える。海外初めてだしなとちょっとびびって2泊の滞在にした。
ちなみに私の母親は常軌を逸した心配性だったので、友達と北海道に行くと嘘をついた。万が一何かあったらよろしくと妹に頼んで。無事帰ってこれて良かったよね。

さてガイドブックを買いウキウキと眺めてみると「天使の都」「微笑みの国」なんて書いてある。
タイ人はおおらかで穏やか。モットーは「マイペンライ」──大丈夫、どうにかなるさ、気にしないで、など色んな意味がある言葉らしい。近いところで英語ならIt's all ok、中国語なら没問題、ライオンキングならハクナマタタ。すてき。最高の国だな、タイ。もう好き。すでに好き。心配ないさ〜〜〜
ただホテルや空港では英語が通じるが、それ以外では通じないところも多いとある。
さすがにそれはちょっと不安だ。
友人がいるとはいえ、彼女は現地の企業に就職してバリバリ仕事をしている。一泊目の夕飯を一緒にしてナイトマーケットなどを案内してくれるというので楽しみにしているのだが、それ以外は単独行動なのだ。
そこでタイ語のテキストを追加で購入した。せっかく行くんだから現地の言葉を使ってみたいよねーと本を開くと見慣れない文字……そりゃそうだ。
字面で覚えるのは諦めて、発音をカタカナ表記した部分を見ながら付属のCDを聴く。
いやー無理でしょ。こんなん。2週間で。
仕方ないのでまず挨拶。こんにちはとありがとうとごめんなさいぐらいはどこへ行っても現地の言葉で言いたい。
次にSOSの言葉。医者/警察を呼んでくださいだけでも御守りがわりに覚えとこう。
それから「トイレ」「これをください」「おいくらですか?」「高い」とあとは数字だけ覚えた。
なぜ「高い」という形容詞だけ覚えたかというと、タイの友人によればタクシーの料金はメーター制のはずなのだが実際はほとんど交渉制だったからだ。(当時。今はかなりちゃんとしてるらしいよ)
空港についていきなりそれはハードル高い。一応友人に相場も聞いておいた。それより多少高いくらいなら観光客として受け入れようというつもりで。
まあ結論から言うとタイを完全になめていた。


2.到着即ジャブ


人生で最も無謀な頃の私でも、飛行機に遅れたらさすがにやばいのはわかる。ちゃんと2時間前にはチェックインと両替を済ませ、余裕でおやつなど食べて、なんなら免税でコスメまで買った。浮かれてたもので。
そして何のトラブルもなくドンムアン空港へ到着。初海外の地を踏んだ。
機内食ビーフオアチキンどっちにしようかなーとか思ってたら問答無用でチキン出てきて「必ずしもビーフオアチキンではないんだな」と知り、入国審査で旅の目的を聞かれた時は「これはほんとに聞くんだな」と思って元気にサイトシーイング言った。

さて、いよいよ例の交渉が必要なタクシーである。なんでそんなシステムなんだ。
まあこれも旅っぽいよな、と客待ちをしていたタクシーに近づいた。乗り込む前に料金確認しろと教わっていたので、運転席を覗き「サワディーカー」とにこやかにタイ語の挨拶をかます。
友人から聞いていたホテルの名前を告げると、運転手は料金を言った。
「高っ!」
かます気もなかったのに日本語が出た。
聞いていた相場の3倍以上だった。いや吹っかけすぎでは? と驚いて予習していたタイ語などすっかり忘れ、英語で高いと言い直す。
どうやら英語がわかるらしいので、そんなに払えないと重ねて言うと高くねーし普通だしと言わんばかりに同じ金額をごり押ししてきた。それを3回ほど繰り返したがぜんぜん下げない。すっごい強気。1バーツも下げない構え。小馬鹿にして鼻で笑ってくるしまつ。
だがさすがにこれに屈するわけにはいかない。
ここで負ければ味をしめて他の日本人客にも同じだけ吹っかけるだろう。私のせいで日本人価格が釣り上がってしまう。
「ローカル相場は◯バーツだって知ってんだぞ。それより多く払うつもりはあったのに、3倍て。1.5倍までしか払わないからね!」とはっきり言った。
すると近くにいた警備員のおじさんや通行人のおばさんが揉めてる気配を察知したのか「どうしたどうした」みたいに寄ってきた。タイ語で運転手と話して事情を知ったらしいおじさんたちは私を振り返ってなぜか吹き出す。運転手も「ったく、しょうがねーな」みたいなかんじで笑っている。

あとで友人に聞いたら、バックパッカーでもない小綺麗な格好の日本人旅行客はたいていすんなり言われた値段で乗るそうだ。
相場がわからなかったり、ぼられてるとわかってても揉めるのがイヤだったり、そもそも日本の感覚ではそれでも安いからねと。タクシーとごちゃごちゃ言い合うのなんて見た事ないと言われた。それ先に言って。私は小綺麗というほどでもない普段着だったのだけど、日本人+若い+女+ひとりなんていう雑魚中の雑魚、カモ中のカモがやけに抵抗して、でも多く払うつもりだと言うからおかしかったのだろうと。

さてなんかよく分からないけどうまく収まりそうな雰囲気の中、運転手も和やかな表情をしている。
彼はこちらを見ると「お前には負けたぜ」みたいな顔で1.6倍の値段を言った。
えー!この流れで!?
でももうそれでいいよと私も笑った。チップはやらねーぞと思った。ギャラリーのおばちゃんがなぜかお菓子をくれた。


《タイさんぽ・ひとりごはん編に続く》

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