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あっという間の22年

今まで運よく22年と長くやっていた軽仕事が終焉になりました。
仲間が結構後期高齢者も多かったので、自分も高齢になってもやれると思ってましたが、こんなことになるとは、ネー。

昨年夏には1月までとは知らされてはいましたが、本当に突然で。
あの頃の支店長(元)もテレビ見て知ったとか言ってましたしネ。乙。

あれから半年くらいになりました。

で、仕事終了日当時になんか感極まったのか、勢いでへんな絵を書いてから2日経ち、少し経ってから直しました。

というのもこの記事を最初に書いたのは25日でしたが、これよりも支離滅裂で結局見ちゃいられなくて(しかも100円とか…そんな価値ない…)、
入院のゴタゴタが済んだ31日に手直しました。
おかげで冷静になって、まとめることができたような気がします。


月末に姉の入院イベ(事前診察と入院)があったので、契約期間最終日の31日を待たずに25日が仕事日終了になってしまった自分です。

企業看板のおかげかとは思いますが、家族よりも言葉がやさしい仕事エリアのお客さんたちのおかげで世の中への絶望が薄まったものです。

働き方が賃金より時間が欲しいような働き方だったので
案の定、絶望しかない安賃金でしたけどもwww

(週3日でもいいという求人でしたので釣られて行ってみた面接時に、一生治らない病人(ら)の用事や送迎優先になってしまうのでいきなり休む可能性は多いですがよろしいんですか?と言ってみましたら…。指定時間内に仕事ができれば大丈夫、と快諾してくださいました。でもそんな面倒な奴をよく長年、更新をずっと切らないでいて下さったと思います。神か…)



いつのまにかコロコロと支店長が変わっていくなか、
あの支店長が単価を上げてくれましたし

(でも、仕事を運んでくれる仲間曰く、他の人より単価安いらしい。そりゃあ、ふつうよりユルい契約だもの。当たり前だと思うが。…しかしなんか…よく余計なことを言う人だったな。苦笑)


家庭事情から、定期の給料なんか無縁だった元気搾取しかない介助人生に一時停止の機会を戴けたという感謝が強く、
そして子供のころからの「世間」に対してのひどい猜疑心や嫌悪もかなり減らせてくれました。
そして毎月の給金が、自己肯定感を多少あげてくれました。

やっていることはワープアなのはわかっていますが、ヨソとは違う家庭環境の都合ですので希望も持たずに自分の事はなにもかも諦めてましたので

これは自分にはかなり大きい「ギフト」なのです。

長らくありがとうございましたという相手がいないので
(雑な終わり方してるものでwww…あ、最後の請求書を書く任務があったわ…)
こんな悲喜こもごもな感じで終わりそうです。なんだろうね、もう。w


冷静に見たらいろいろツッコミどころはありますが、こんな田舎でこんな働き方ができる仕事なんてそうないと思ったので、考えないようにしてました。いいんですこれで。


さて、話は変わりますが。

子供のころから40年近く、地獄の門のように将来への希望をすべてなくさせる原因であった親父もそろそろ3回忌になりますし、
姉は…データ的には心配ですがもうしばらくは大丈夫(と思いたい)ですし

自分の足の方も仕事しなくなってから調子が良くなってまいりまして(笑)。我が健康状態がそこそこ良くなってきたのは幸運です。
ついでに、もう若くないのでそろそろ雨天を気にしない業種に変えたいというか。w

こんな、前向きに未来を考える元気がやっと育ってきました。

遅い元気ですが、3年は身体を故障していたので仕方がないと、自分を許すことにしています。
自分が許してあげないと、誰も気にしませんからね…。

最近、そこのスーパーでよい感じの求人出てましたし。思案中です。
こんな風に先のことを明るめに考えること、それが許されているこの時間が、すこし楽しいです。

22年前もそんなことがありました。久しぶり過ぎて忘れてました。

1月末はいそがしかったので2月の間は
(どうせ姉の通院が近いうちに何回かありますし…さすがに数回目なのでパターンを覚えてきました)
ゆっくりさせてもらって、3月辺りから次を探すことにします。


その間に足をより快方に近づけなきゃいけませんな。


あ、そうだ。
あの前仕事ネタの、愉快だった体験談で短いマンガでも書こうかしら。
二次創作の同人ばっかりやってますが、一時的に一次創作で広告イラスト書いていた時期もあるんですよ一応。
キャラビジュアル決めないとなあ。想像するのは楽しいです。

ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
そして前記事へのスキ、大変うれしく感謝しております。
では良い一日を。


勢いで書いた絵 20240125


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