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【フォー・シンセリティ】 3(「ニンジャの樹液サイ集」より)

前回までのあらすじ:ソウカイヤ所属の最底辺サンシタニンジャ、フロスティは同じサンシタであるセイントサイから小金稼ぎを打診される。カブトムシにオーガニック・オニクルミの樹液を与えるためカチグミ向け自然公園に侵入する手助けをしてほしいと言うのだ。スシをおごられたフロスティは仕方なくこれを受諾。二人は自然公園入り口ドアをハッキング突破し、警備員をやり過ごして公園を進んでいく…

二人と一匹は舗装された道から逸れ、木立の中を進む。「ここを抜ければオーガニック・オニクルミは目前だ!ウオーッ!」 興奮したセイントサイは行く手を阻む枝をサイ・ホーンで薙ぎ払いながら、もはや突進に近い勢いでドンドンと進んでいく。

その後ろ姿を見ながらついていくフロスティだったが…ガチガチガチ…(ムムゥ~~~ッ…?) ニンジャ聴力が耳慣れぬ異音をとらえる。(何かザワつくのォ…?) ニンジャ第六感が危険を報せていた。

「待ってくれ、セイントサイ=サン。何か妙な…」 「ウオーッ!?」 呼び止められたセイントサイは急停止し、勢い良く振り向く。振り向きざま、鼻先のサイ・ホーンが彼の真横に立っていた太い樹木にぶつかり、揺れた。どさ、と音を立て、樹木の上にあったものが落ちてきた。

「ウム?」 「ウオーッ?」 二人の視線が落下物に集まる。それは直径60センチほどの球形だった。その表面に何やら小さなものがモゾモゾと這っており、そこから先ほど聴こえたガチガチという音がしている。何かを威嚇し、歯を鳴らすような音が。

(これは…まずいのでは?) フロスティがそう思った瞬間、ZZZZZZTTTTT!!!落下物から無数のバイオスズメバチが飛び出し、鋭いアゴをガチガチと鳴らしながら二人に襲いかかった!「アイエエエエ!?」「ウオーッ!?」 ナムサン!落下物はスズメバチの巣であり、ここは彼らの縄張りだったのだ!

(な、何でカチグミ向けの公園にこんな危険生物が住んでおるのだァ~~~ッ!?) フロスティ、もしくはセイントサイに鋭い閃きがあれば気づいていたであろう。正規来場者は入口のアロママシンから、巡回警備員はその背の扇風機めいた小型アロママシンから浴びるフレグランス・アロマこそが、この危険極まるバイオ生物の忌避剤であることを…!

「ウオーッ!?クズ!非ニンジャ!クズのムシケラめ!」 バイオスズメバチの攻撃により異常興奮したセイントサイは怒り狂いながら腰のカタナを抜刀、空中に斬撃を繰り出して撃墜せんとする。だがあまりにも的が小さい!バイオスズメバチは空中を飛び回りながらセイントサイにアゴで噛み付き、毒針を突き立てる! 「ウオーッ!チョコマカと!」 激憤!

バイオスズメバチのツメキリ・ニッパーめいた強靭なアゴは人間の肉を容易く切り裂き、杭打ち機めいて突きたてられる太く鋭い針は生半な防護服を貫通し毒を注入する!「ウオーッ!非ニンジャ!クズ!効かんわーッ!」 だが全身を分厚い筋肉、そして野生のサイめいて頑丈な皮膚で覆ったセイントサイに対してはあまりにも無力!アゴと針はなめし皮のような皮膚に阻まれ、僅かに注入された毒は筋肉の収縮により即座に排出される!

「アイエエエ!く、来るなァ~~~ッ!」 一方、全身を覆うほどの筋肉も無いフロスティにとってバイオスズメバチは恐るべき脅威!ハチの群れは彼に取り付き、防寒着装束をアゴで切り裂き、あるいは装束を貫通させて針を突き立てようとする! 「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 闇雲にカラテパンチを繰り出して追い払おうとするが、スズメバチは空中を素早く移動して回避、スキを見て襲いかかってくる! 「アイエエエ!」 恐怖!

(ハッ、そうだ!所詮はムシケラ、寒さには弱いはず!) フロスティは己が強大な冷気を操れることを思い出した。彼は高位ソウル由来の莫大なジツ出力により、精神力を使わずとも自身周囲を厳寒のドサンコめいた寒さにすることが可能なのだ。

いかなバイオ生物とは言え、虫が氷点下で活動できるわけもなし。 (…まさかあのカニみたいなことにはなりはすまいのォ~~~ッ) 脳裏に浮かんだトラウマを振り払う。あれは何かの間違いだ、ニンジャを恐れない生物などそうザラにはいない!

「ハハハーッ!相手が悪かったのォ~~~ッ!」 フロスティは瞳を青く輝かせ、全身から強烈な冷気を放たんとした。隣で暴れ狂うサイをちらりと一瞥。モータルならば急激な温度差で心臓麻痺を起こしかねないが、ニンジャであるセイントサイならば問題ないだろう。

「食らえ、ムシケラ…ァ!?」 冷気放出直前、セイントサイの傍らでバイオスズメバチと空中戦を繰り広げるカブトムシがフロスティの視界に入る。(アッ) バイオスズメバチが活動停止する寒さに、オーガニック生物であるカブトムシが耐えられるだろうか?昆虫の知識が無いフロスティでも答えはわかる。(ま、まずい!カブトムシまで死んでしまうわァ~~~ッ!) 冷気放出停止!

(いかん、いかんぞ…!身を守る手段が無いではないかァ~~~ッ!) フロスティは確かに強大なコリ・ジツを使える。だがその強大さをコントロールする技術が無い。やろうと思えば全身を氷の鎧で覆い、スズメバチの攻撃を阻むこともできるだろう。だがそれは周囲の急速な冷却を伴い、カブトムシの死を招く。そして怒り狂ったセイントサイに氷ごと粉砕されるに違いない。

フロスティが自分のジツを使いこなせるよう努力していたなら、周囲への影響を与えずに冷気を収束させてジツを使うことはそう難しくなかっただろう。だが彼は一切の努力をせず、膨大な冷気を垂れ流しにしながらジツを行使して何も省みなかった。 ナムアミダブツ!これもまたインガオホーの一形態か!

「ク、クソォ~~~ッ!なんで私がこんな目にィ~~~ッ!?」 もはや自力で回避するしかない!フロスティは涙目になりながら不恰好なカラテを構えた!

回避判定 NORMAL
一回目 精神集中 【精神力】1 → 0 成功
二回目 2d6 → 1,1 失敗 【体力】3 → 2 失敗
三回目 1d6 → 6 成功

「イヤーッ!」 露出している顔面を狙って飛んでくるスズメバチにカラテパンチを叩き込んで撃墜!「グワーッ!?」 だが潰される直前、カウンター気味に針を打ち込まれる!「アイエエエ!」 痛みに身をよじることで襲いかかってきたスズメバチの攻撃を偶然回避!「グワーッ!」 注入された毒を即座に凍結して凌ぐが、冷気放出を抑えながらのジツ行使は彼にとって非常に困難だ!二度目は不可能!

(ま、まずい!このままでは死んでしまうわァ~~~ッ!) もはやなりふりかまわず逃げ出そうとするが、スズメバチ群は巧みに陣形を変えて逃げ道を防ぐ!何たる敵対者を逃さぬ決断的殺意に溢れた攻撃的生物であろうか!実際バイオスズメバチ被害による死者は年間100人を超している!

フロスティの脆弱な装束と皮膚ではスズメバチ群に突っ込んだ瞬間に全身を針で刺され爆発四散は免れぬ。 (そうだ、あのサイの突進ならば!) 彼が振り返ると、「ウオーッ!許さん!非ニンジャ!クズバチーッ!」 セイントサイは全身をスズメバチに噛まれ刺されながらも一切意に介さずカタナとサイ・ヘッドを振り回している!

「セイントサイ=サン!突っ切るぞ!」 「ウオーッ!バカを言うなーッ!こんな非ニンジャ!クズ!ムシケラども!背を向けるなど!ウオーッ!」 異常興奮したセイントサイは周囲の木々を薙ぎ倒しながら吠える!まるでサイだ!

(頭に血を上らせおってからにィ~~~ッ!貴様がよくても私が死んでしまうではないかァ~~~ッ!) フロスティは必死にサイを制御する手段を考える。答えはすぐに出た。(カブトムシだ!)

「セイントサイ=サン!カブトムシが!危険なのだァ~~~ッ!」「ウオーッ!?カブトムシ!?」 フロスティの言葉に反応したセイントサイは、異常興奮をややクールダウンさせて周囲に視線を走らせる。「ウオーッ!?」 複数のバイオスズメバチを相手に奮闘するカブトムシの姿を認め、彼は一瞬で我に帰った。さすがの甲虫王とて、この数のバイオスズメバチが相手では…!

「ウオーッ!お前は強く勇敢だ!よく戦った!来い!」 セイントサイが吠えると、カブトムシは彼に向かって飛び、鼻先に留まった。「フロスティ=サン、乗れ!」 セイントサイはカタナを納めると、サイ・ヘッドを前に突き出して極端な前傾姿勢を取り、その逞しい足に筋肉を漲らせた!まるでサイだ!

「イヤーッ!」 フロスティがジャンプして背に飛び乗ると、「ウオーッ!」 地面が抉れるほどの猛スタート!荒ぶるサイそのものと化したニンジャの突撃は道を阻むスズメバチと樹木を薙ぎ倒し、猛スピードでバイオスズメバチの縄張りを突破した!

(フゥ~~~ッ!た、助かったわァ~~~ッ) 安堵の息をつくフロスティ。だが危険地帯を突破してもセイントサイの速度は落ちない。(ンンッ) いや一歩ごとにスピードを増している!(ンンン~~~ッ!?)

「セ、セイントサイ=サン!もう大丈夫だ!止まってくれ!」 フロスティはセイントサイの背中に必死でしがみつきながら叫ぶ!「ウオーッ!ウオーッ!」 だが猛り狂ったサイは聴く耳を持たない!過剰分泌されるニンジャアドレナリンの影響だ!

木立を抜け、再び舗装された道に出た。もはや目的のオニクルミの木は目前…いや、セイントサイの突進する先にそびえたっている!その距離はすでにタタミ五枚、三枚、一枚!「アイエエエエ!?ぶつかるゥ~~~ッ!!」 思わず目を閉じるフロスティ!危険を察知して素早く鼻先から飛び立つカブトムシ!

CRAAAASH! 「ウオーッ!?」 「グワーッ!」 オーガニック・オニクルミの木へと激突するセイントサイ!衝撃で空高く投げ出され、ウケミも取れずに背中から地面に叩きつけられるフロスティ!「グワーッ!」 全身複雑骨折!「グワーッ!」 即時骨折箇所を凍結して修復!行動に支障無し!「グワーッ!痛いィ~~~ッ!」 激痛は仕方無し!

セイントサイにマルナゲする
【体力】-1 → 【体力】1

「ムム…非ニンジャの樹木ながら、さすがに見事なものだ」

正気に戻ったセイントサイは突き刺さったツノを引き抜き、電子戦争以前から聳え立つ荘厳なエルダー・ツリーを見上げた。木々を薙ぎ倒す彼の突進を受けても、大地に深く長く根を張った巨木は軽く葉を揺らしたに過ぎない。生命力である。

カブトムシはセイントサイが木に穿った穴に飛びつき、奥ゆかしく滲み出る樹液を摂食し、満足気に小さく震えた。「ウム…」 それを見たセイントサイのサイそのものの瞳もまた、満足気に細められた。

カブトムシを見つめるセイントサイの背中は隙だらけである。もしフロスティが真に邪悪なニンジャであるなら、この愚鈍なサイ頭の怪人を容赦なくアンブッシュ殺し、カブトムシを奪って売り払うという選択をしただろう。

(ヒィィ~~~ッ!痛い、痛いわァ~~~ッ!) だがフロスティは激痛のあまり泣き叫びたくなるのを必死でこらえている状態であり、アンブッシュなど考える余裕は微塵も無かった。それに仮に万全のコンディションであったとして、やはりアンブッシュは考えなかったであろう。彼は他のニンジャを心から恐れているからだ。

「ここまで来た甲斐があったというものだ、感謝するぞ。ウオーッ……」 セイントサイは振り返り、冷静かつ的確なアドバイスでここまで導いてくれた信頼に足るニンジャに礼を言った。

「ム…ウム…誠意、誠意であるからな…」 フロスティは全身の激痛を必死でこらえながら腕を組んで立ち、勉めて平静を装った口調で答えた。(た、立つのも辛いわァ~~~ッ!) だがダメージを顔や声には出さぬ。ウケミもロクに取れぬニンジャと知られればナメられるのは間違いないからだ。

「どこまでも奥ゆかしい男だな!ならば俺も誠意を見せねばいかんな!」 セイントサイはそう言うと装束の懐に手を伸ばした。(報酬かァ~~~ッ!) フロスティの目が金銭欲に輝く。目先のカネの力が高濃度ZBRめいた効力で彼の体から痛みを吹き飛ばした。

「では、これを…ウオーッ?」 懐から手を出しかけたセイントサイは彼方の空を見やった。夜が明けかけている。「ウオーッ!まずい、明るくなる前にここを出なければ!来い!」

セイントサイはカブトムシを鼻先に留まらせ、「アイエッ!?」 フロスティを米俵めいて担ぎ上げると、「急ぐぞ!ウオーッ!」公園入り口に向かって猛スプリントを開始!

(グワーッ!?グワーッ!?) 強烈な腕力で肩に担ぎ上げられ、凍結処置した骨が再びバラバラになりそうになる痛みを必死で噛み殺しながら、フロスティはただじっと目を閉じ、この後に受け取れるカネを想うことでこの苦境を耐えるのだった。

◇◆◇◆◇

「実際、助かった。お前に頼んで正解だったよ」

早朝のドンブリ・ポン。ワンオペレーション超過労働で死んだマグロの目をしたアルバイト・イタマエが供するマグロ・ドンブリを数秒でかきこむと、セイントサイは上機嫌で言った。公園で見せた異常興奮は収まり、普段の穏やかさが戻ってきている。

「期待に添えたようで何よりだ」 同じくマグロ・ドンブリを手にしたフロスティは慣れた手つきでワサビ・サーバーを何度もプッシュし、七色に光る粉末成型マグロ切り身を緑色に染めた。こうでもしなければ、何時間保温しているかも知れぬオールド・ライスの上で熱されたマグロが放つ独特の異臭をごまかすことができないからだ。

続いてショーユ・サーバーも数度プッシュして一気にかきこむ。強烈な辛味と塩気でマグロやコメの味も何もわからないが、元よりわからない方がマシな味だ。そもそも本当にマグロ粉末を使っているかも疑わしい。ドンブリ・ポンはソウカイヤの傘下企業であり、他ならぬ首魁ラオモト・カンの指示で有毒なバイオマンボウ粉末をマグロと偽って使用しているというもっぱらの噂だ。

実際安いジャンクフードを口に詰め込み、調味料で鼻と舌が麻痺している内に素早く咀嚼。サービス・コブチャで胃に流し込む。トコロザワ・ピラーで食べたスシに比べれば実際エサだ。だがフロスティに不満は無い。セイントサイのオゴリだからだ。

夜明け前に自然公園を脱出することに成功した二人のニンジャは、ドンブリ・ポンでささやかな慰労会を開いていた。フロスティは一刻もはやく報酬を受け取ってこのサイ怪人と別れたかったのだが、タダメシの誘惑に屈して同行したのだ。

「ミヤモト・マサシに曰く、強い軍師がいると二倍は有利…だったか」

コブチャを啜りながらセイントサイが呟く。サイそのものの頭をしている彼はドンブリ・ポンにおいて明らかな異常存在であったが、超過労働で死んだマグロ状態のイタマエや、残業と徹夜続きでカロウシ直前のサラリマン客はこのサイ頭怪人を気にする余力も無いようで、店内の誰もニンジャ二人に注意を払っていない。

「実際その通りだな。お前の的確な指示が無ければ、こいつに樹液を与えることはできなかっただろう」  セイントサイは自分の頭の上を指差した。そこにはオーガニック・オニクルミの滋養溢れる樹液をたっぷりと吸ったカブトムシがおり、心地良さげにサイ頭の上をモゾモゾと這い回っている。

「ハハハ、軍師か。何とも面映いな」 フロスティは微笑を返す。そして心中で悪罵を吐く。(ええい、つまらぬ誉め言葉など吐くでないわァ~~~ッ!リアクションに困るわァ~~~ッ!) 彼はニンジャ自己評価が非常に低く、同格及び上位である他人からの賞賛を素直に受け止めることが不可能なのだ。

「多くは無いが、これは謝礼だ。受け取ってくれ。俺の誠意だ」 セイントサイは装束の懐に手を伸ばし、茶色の封筒を取り出してフロスティに差し出した。欲深なサンシタの目が金銭欲で黄金色に光る。(来た、来た、来たァ~~~ッ) 思わず盛り犬めいてとびつきたくなる衝動をグッとこらえ、フロスティは静かに目を閉じ、アゴに手をやった。

「さて…キョートのザイバツならばここで二度断るのが礼儀というところなのだろうが」 目を開き、フ、と微笑を浮かべる。「ここはネオサイタマで、我々は奥ゆかしさを美徳としないソウカイヤ。出された誠意は一度で気持ちよく受け取るとしよう」 そう言い、可能な限り欲望を出さぬよう自然な所作を心がけて茶封筒を受け取った。

「そう言ってもらえてありがたいぞ。キョートめいたタテマエはどうも苦手でなぁ」 セイントサイの言葉を聞き流しながら、フロスティはすぐさま封筒を開けて中身を確認したい誘惑に必死に抗った。何でもない風を装いながら、懐にしまう途中で指で触って厚みを確認する。(ほほォ~~~ッ!これは五枚以上はあるのォ~~~ッ!)

予想以上の額。ウイルス入りフロッピーの損失である三万円はこれで取り返せた。それどころか差額の二万でスシ、サケ、オイランを楽しめる!(ンンーッ!たまらぬのォ~~~ッ!) フロスティは目先の快楽を行使したい気持ちを抑えきれぬ!だがカネを受け取ってすぐに席を立ってはシツレイに当たる!彼はセイントサイの様子を窺いながら、解散を切り出すタイミングを図りだした。

◇◆◇◆◇

それから二人はコブチャを啜りながら自然公園での冒険、互いの活躍、カブトムシの壮健さを讃えあった。(食い終わったならとっとと店を出んかこのサイがァ~~~ッ!オイランハウスの早朝割引に間に合わなくなるではないかァ~~~ッ!) フロスティは本心を巧みに隠しながら愛想よく相槌を打ち、根気良く席を立つタイミングを待った。

やがてセイントサイが「ではそろそろ」と切り出し、二人と一匹は会計を済ませて店の外に出た。「夏も終わるなぁ」 「ウム」 重金属酸性雨の雨雲越しに微かに明るくなっていく空を眺める。カブトムシはいつまで生き延びられるだろうか。あれだけ苦労したのだからせいぜい長生きすればいいが。フロスティはぼんやりとそう思った。

「実際、助かった。お前に頼んで正解だったよ」 セイントサイは別れ際、改めて深くサイ・オジギをした。彼の頭の上のカブトムシもツノを上下させてアイサツの真似事をする。「そう言ってもらえたなら、こちらも手を貸した甲斐がある」 フロスティは穏やかな口調で返す。

「では、さらばだ。またお前に何か頼むかもしれないな」 セイントサイはそう言うと、「ウオーッ!」 雄たけびを上げ、色付きの風となって通行路を突進していった。「アイエエエ!?」 「ペケロッパ!」 不運なサラリマンやペケロッパ・カルトを跳ね飛ばしながら突き進むサイ怪人の姿はあっという間に見えなくなる。

「…」 セイントサイが視界から消えると、フロスティは素早く路地裏に駆け込み、懐の茶封筒を取り出した。(いくらだ!?いくら入っている!?) 興奮のあまり指が震えてうまく開けられぬ。もどかしさのあまりビリビリに引き裂いてしまいそうになるのを必死でこらえ、ようやく中身を取り出す。万札が八枚!

「ハハ…ハハハハァーッ!あのサイめ、どこからこんなカネを!」 予想以上の報酬に狂喜するフロスティ。「どうれェ、さっそく使わせてもらうとするかのォ~~~ッ!」 意気揚々と路地裏を飛び出し、早朝割引をしているオイランハウスへと向かおうと…する彼の足が止まった。

(…同じサンシタでも、これだけの額を他人に払えるほど稼ぐものなのだな)

セイントサイの全身を覆う筋肉と、漲るカラテがニューロンに浮かぶ。あのニンジャは何ら特別なジツを持たぬ。恐らくソウルはレッサー。フロスティの宿す高位ソウルとは比べるべくも無い格下だ。だがニンジャとしての力量は、間違いなくセイントサイの方が上だろう。カラテがあるからだ。そのカラテがカネを生んだのだ。

(カラテがあれば…私も、ヤクザからピンハネなどせずとも…)

じっと手を見る。ニンジャとなったその日に他ニンジャに叩きのめされたことで、フロスティは自分が「弱いニンジャ」だと思い込んでしまった。モータルに対しては無敵だが、他ニンジャに対しては無力だと。ゆえに彼は一切の鍛錬をしてこなかった。したところで「弱いニンジャ」が他のニンジャに勝てるわけがないと思ったからだ。

本当は違うと、フロスティ自身もわかっていた。カラテは鍛えれば鍛えるほど強くなる。「弱いニンジャ」が強くなれない道理などどこにも無いのだ。だが彼は好んで「弱いニンジャ」のままでい続け、ヤクザを相手に威張り散らせていれば十分だと自分に言い聞かせた。そうすれば努力する必要が無いからだ。

彼は自分の限界を低いレベルに設定することで努力することなく現状に満足できる状況を作り出し、そこから一歩も外に出ようとはしなかった。自分から小さな檻に入り、進んで短い鎖に繋がれ、その中でなるべく居心地良く暮らそうとするだけだった。だが。

(この八万を…いや、三万でもいい。これを使い、カラテを鍛えてみようか…)

フロスティはそう考えた。そしてそう考えた自分自身のことが信じられぬように口を押さえた。疲労とストレスのせいで自分がおかしくなってしまったのかとすら思った。

「ウオーッ!お前はいいやつだな!」 セイントサイの言葉がニューロンで再生される。「やはり冷静なやつは違うな!さすがだぞ!」 他のニンジャにこれほど頼りにされるなど初めてのことだ。「感謝するぞ。ウオーッ……」 サイ頭の狂人の言葉には一切の打算が無く、素直にフロスティの能力を認めるものだった。

(カラテを鍛え…他のニンジャに臆すること無く肩を並べる存在に…)

フロスティは拳を握った。ほんの僅かに生まれたカラテが、彼の体にノロノロと浸透していく。それは実際覚悟と呼ぶには大げさに過ぎ、一時の気の迷いやちょっとした心境の変化程度のものだったが、何であれ現状から一歩外に出ようとする原動力であることには違いなかった。

「…やってみるかァ」 フロスティは目を青く輝かせた。欲望の汚濁無き、カラテによって澄んだ青だ。その表情は真摯なカラテカめいて凛としている。彼は踵を返し、オイランハウスではなくトコロザワ・ピラーのトレーニング・グラウンドでカラテを鍛えようと「アッコラー!?どこ見て歩いてっコラー!?」

「…ンン?」 突如浴びせられたヤクザスラングに振り向くと、ヤクザ風の男が彼を睨みつけていた。どうやら肩がぶつかったようだ。

「アッ痛ェ!こりゃ骨折してるワ!兄さん治療費寄越せっコラー!」

ヤクザは大げさに痛がる素振りを見せながら喚き散らす!因縁を付け、カネを巻き上げようとする算段!

「ア?何ボーッと突っ立って…アイエッ!?」 喚き散らしていたヤクザは、因縁を付けた男の青く輝く瞳と、そこから放たれる超自然の冷気を受けて途端に立ちすくんだ。「ア…アア…」 標的に選んだ相手が、何かとんでもない怪物だと理解したヤクザは静かに失禁した。

「…」 フロスティはそれをじっと眺めていた。その目が澄んだ青から、欲望に濁ったドス黒い青へと変わる。凛とした決意の表情は下卑た笑みに変わり、自分より明らかな格下を相手にする全能感が彼を満たした。全身に浸透したほんの僅かなカラテが、目先の金銭欲によって綺麗に洗い流されていく。

「ンンン~~~ッ!これは困った!実は私も今の衝撃で肩の骨が砕けてしまったようでなァ~~~ッ!いやぁ痛い!実に痛い!」

満面の下卑た笑みを浮かべながらヤクザに歩み寄り、親しげに肩を抱くフロスティ。超自然の冷気によりヤクザスーツがたちまちパリパリと凍りつく!「ア、アイエエエエ…」 ヤクザはすでに言葉もなく、ただガクガクと震えるばかり。

「ここは一つ、怪我の治療費について、お互い誠意をもってじっくりと話しあおうではないかァ~~~ッ!」 「アイエエエエエ!!」

フロスティはヤクザの肩を抱いたまま、トコロザワ・ピラーではなくオイランハウスの方向へと足を向けた。カラテとニンジャの世界ではなく、怠惰とヤクザの世界へ。何の努力も進歩もせずに、小さな檻の中で王になれる世界へ。変わることのできない負け犬の世界へ。

【フォー・シンセリティ】 終わり。

◆フロスティ(種別:ニンジャ)        PL:三笠屋

カラテ       3    体力        3
ニューロン     1    精神力       1
ワザマエ      2    脚力        2
ジツ        3    万札        8
DKK       0    名声        0

◇装備や特記事項

○スシ、サケ、オイラン
コリ・ジツLV3
◆ウィルス入りフロッピー:ハッキング難易度-1、使用後D6で3以下が出ると喪失
能力値合計:9 総サイバネ数:0

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