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noteの存在

ハフィントンポストのこの記事。

なぜ「note」には、記事のランキングがないのか? 代表の加藤貞顕さんが目指す“ネットで安心して書き続けられる場所作り”

noteが好き。シンプルだしサブスクも選べる。

ここで連載して書籍化する流れも納得できる。

そして「書くためには考えざるを得ない」というのは、思索の海に飛び込むのが好きな人種にはたまらない。

noteは、SNSや他のブログ類とは違って「シンプル」。これが良い。

無駄を省いた外観だからこそ、中身が問われる。

コンテンツメーカーとしては、ステージを用意されたような感覚だ。

noteにはランキングがない。目指しているのは、「心地よい“街づくり”」

と語るnoteを主催するピースオブケイクCEOの加藤貞顕さん。

落合陽一さんがnoteを始めた理由の、

「140字じゃ足りないし、本一冊は読んでくれない. Note始めます. 」

と言うのも合点が行く。YouTubeも3分以上は見てもらえないし、SNSも長いものはスルーされる。じっくり読ませるのならブログだ。本ほど長くないし、検索もできる。紙には無い仕組みだし、キンドルよりも拡張性が高い。

加藤貞顕さんが言う

ランキングがあると、段々とコンテンツがそこに収斂していきます。人はみんな、ランキングが大好きです。僕もニュースサイトなどを見ている時にはつい押してしまいます。

と言うのは、書き手としてよく分かる。

Facebookの「いいね!」は「仕事」だ。見ている人に「押せ」と強要する。自分の時間を使われる。ゲームに没頭する子どもを批判する大人になりたくない。ランキングが無ければ、その「圧力」を感じないでノビノビ書ける。

書く、という作業はモチベーションの維持が大切だ。書くというパッションを失うと、もう書けない。ぼぅとネットを彷徨うことになる。

私は、万人にウケようとは思わない。ピアtoピアで繋がる方を好む。所詮マスとは掴み処の無いもの。ピアtoピアは相手の首根っこを押さえて語れる。それは真剣勝負だ。

相手は怯むと逃げ出す。だから逃げ出さないように、相手の周囲を固めて、動けないようにして、じっくりと言葉というエネルギーで囲い込んで、相手の心を動かす。

noteに上げられるコンテンツの質の高さが、好き。

私のコンテンツを読みに来てくれる人、本当に感謝しています。

ありがとう。

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