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ボギーのトレンチコートの話をしよう#03

フィリップ・マーロウもの「大いなる眠り」の映画化は1946年、終戦の翌年に公開されている。主演はハンフリー・ボガード。トレンチコートを着た私立探偵だ。
僕がこの映画を見たのは、実はロバートミッチャムのマーロウものを見たずっと後だった。まだビデオテープなんて便利なものがなかったからね。出会うのには僥倖と弛まぬアテンションがなければ無理だったんだよ。
映画でのタイトルは「三つ数えろ」だった。交錯する伏線を見事に纏め上げた秀作だった。
で。そのとき、猛烈に気になることがあったんだ。
じつはボギーの着てるトレンチコートなんだけど、僕が持っていたのと同じセットイン・スリーブなんだよ。・・あれ?と思った。

僕のトレンチコートは、尾張町(4丁目のこと・母がそう呼んでた)の三越で母が社会人祝いで買ってくれた英国バーバリーだった。碌にマトモな仕事に就かないでフラフラと海外彷徨していた僕が、ある方のご紹介で富士銀行計算室に勤めることになって、それを驚喜した母が、上から下までひと揃え買ってくれたときに買ってくれたんだ。
そのときに言った。
「トレンチコートはラグラン袖が普通なんだよ。軍服だったからね。でもネ、これみたいにセットイン・スリーブの方がラインは綺麗なんだよ。立ち姿が佳い。無骨な軍服を、ちっと小粋に捻ってあるのサ」
父が亡くなって、銀座でホステスをやっていた母は、男のついてそれなりの一家言を持っていた。
それなんで、僕のトレンチコートは、ちょいとベツモノと思っていた。
ところが、映画に出てきたボギーはそれを着ていた。
あぁあ、母はこの映画を見てるな。見ててわざわざ、セッイン・スリーブにしたな。そう思った。あとで、そのことを本人に聞いたら「さあね。憶えてないね」とソラ惚けていたけど。

それで気になり始めたのは、ほぼ同時期に作られた「カサブランカ(1944)」のこと。
あの中でも、ボギーはトレンチ・コートを着ていた。
ラグラン袖、セットイン・スリーブ・・どっちだろう。

確認できたのは、これも随分経ってからだけど、セットイン・スリーブだった。制作年度としては「カサブランカ」の法が先だから、おそらくフィリップ・マーロウ映画の話が来た時、ボギーがこのトレンチ・コートを選んだんじゃないかな?
そう思った。
ははは♪謎が解決するのに20年くらいかかった話でした。

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました