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サルラ・カネダ03/サンテミリオン村歩き#40

https://www.youtube.com/watch?v=pD0s35QgGdA

観光センターを出た後、目の前のルイ・ボネル通りを抜けてレビュリック通りRue de la Republiqueへ出た。周囲を見ながら嫁さんが言った。
「旧い建物がちゃんと守られているのね。まるでヴェニスの町を歩いているみたい。新旧が織り交ざっていないのはどうしてなの?そういう行政指令なの?新しい建物は作っちゃいけないの?」
1962年にマルロー法というのが制定してね、サルラ・カネダはその最初の指定都市だったんだ」
「マルロー法?」
「上海へ行ったときに、フランスの作家アンドレ・マルローの話をしたろ?」
「共産党の武装蜂起の話を小説にした人でしょ?共産主義は殉教する人を産み出すほどの洗脳力を持っていると貴方が言ったことを憶えているわ。それがテーマになった小説でしょ?」
「ん。La Condition humaineという。邦名は『人間の条件』だ。1927年に実際に有った事件を素材にしてる。作家アンドレ・マルローは、戦後フランスの文化相になった。そのとき、彼が提唱したのがマルロー法だ。都市の歴史的、文化的、美的な価値は、歴史的建造物に限らず市街地を構成する建造物と空間全体にあるという考えを全面に立てて、トータルに歴史的な資産を守ろうとした法律だ。サルラ・カネダは、この法律によって中世都市の14世紀ころに完成した町の景観が、そのまま守られたんだよ。この町に連々と並ぶ蜂蜜色の石灰岩の建物、中世の狭い通り、魅力的な中庭、そしてゴシック様式やルネッサンス様式の邸宅やタウンハウスは、むマルロー法の庇護の許で観光地化したんだ。観光収益がこの町の主たる収益源になったんだ。
いま僕らが歩いている通りはサルラ・カネダのメインストリートで、レビュリック通りRue de la Republiqueというんだ」
「でも、ここは車が走ってるのね」
「町のメインストリートだからな、ここまで車両通行禁止にはしてないんだな」
「建物もそんなに旧くないのがあるように思うけど」
「マルロー法が適応されたのは1965年くらいからだから、それ以前に施工されたものはそのまま残っているんだろう」
「なるほどね」
「ここが敷設されたのは1836年から1840年にかけてなんだが、当初から町のメインストリートとして計画されたものだったから、町並みの増設新築はマルロー法の対象になるまで続けられたに違いない」
「なるほどね」
「ここから南へ1.5km離れたところにSarlatの駅がある。これも1882年に開設されている。この鉄道はドルドーニュ川を渡るんだが、Pont de Fayracという橋が有名だ。今回、帰りはこの鉄道を利用するつもりなんだ。そのときに見られるよ」
「ふうん、そうなんだ。サンテミリオンまでは、その列車を使うの?」
「いや、そのまえにもう一つ寄りたい。もう一泊した後、ベルジュラックBergeracへ移動しようと思っているんだ」
「遠いの?」
「列車で1時間くらい。ベルジュラックからサンテミリオンへ移動も同じ列車を使うつもりなんだが、これも一時間くらいかかる」
「ふうん」



無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました