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熊野結縁#05/古座川のぼり

買ったばかりだった僕のBMW-R100Rsは、ランディングボジションが素晴らしくて、1000kmくらい連続走行しても全く疲れないバイクだった。同行した友人・拓のKawasakiはそうはいかない。それでも彼は耐えて僕に伴走してくれていた。
遅い夏だった。東名で大阪へ出た後、国道を走った。
日高町に到着したのは夕方だった。東京を出たのは、まだ陽が昇らないころだったのに・・ひたすら走っても、道は続く。ひたすら続く。
休むことなくひたすら走るオートバイ旅行は、ある種、動的な禅だと思う。心を雑念から切り離し、空と道だけにする。そして周囲を走るパイロン(四輪車のこと)たちの動向だけに気を向ける。だから動的な禅だとおもうのだ。

そのとき、日高町には2泊した。2泊目は早朝に宿を出た。
熊楠の日高川町から田辺までは、ひたすら国道42号線を走る。生活道路だから太くはない。この手の道は伊豆半島でも房総でも走り慣れているからそれほど難儀には思わない。心配するのは途中のガソリン給油だけだ。さすがに24時間やつてるスタンドはないからね。走るのに昼夜はない。寝る所は雨露が凌げるバス停だったり、最終が行った後の田舎の駅だったり・・ガソリンスタンドだったり・・した。
まだ30代の初めだったから、そんな元気が有ったんだ。いまはムリ(^o^;;ちょいと歩いただけで坐骨神経が痛くなる。
BMW100Rsには、クラウザーのサイドバックを二つ付けていた。カメラ機材と着替え少しと資料を乗せていた。そしてタンデムシートに寝袋がロープで括りつけられていた。Kawasakiを操る拓はリュックだ。独りで走るときは、これに簡易テントを担ぐと云っていた。僕と同道の時は寝袋だけ。さすがに僕は林道の真ん中で寝起きしないし、キャンプ地なんぞという人造物は大嫌いだから、勢い民家の軒下だったり駅だったりバス停だったりする小旅行だ。
そのとき、古座川を上ってみようと思ったのは、あの川が熊野山中にある村々と浜を繋ぐロジスティクルードだったという話を聞いたからだ。急流を舟に生活品を載せて、川の中を綱で引きながら運んだという話を聞いたからだ。・・その話に強く憑かれたのは・・実はまったく同じ風景を数年前にメコン川の支流、山間を走る川で見たからだ。急流に逆らってまさに命がけの仕事に就く男たちを見た。・・だから、同じように運ぶ人々が、本邦にもいたのなら‥その地を訪ねるしかない、と思ったのだ。拓にそれを言うと快諾したので、古座川を走ることになった。友は有難い。
古座川に沿って走る道は国道38号・・だったか・・途中に一枚岩/天柱岩がある。そして七川ダムにぶつかる。平井川と添野川そして古座川が流れ込んでいる。このあたりから古座川に伴走するのは県道329になる。そして大塔山県立自然公園の看板を見るあたりがそろそろ329の終点となる。途中民家の集落は、ぽつりぽつりとあるだけだった。
このとき、七川ダムで少しの休憩をとった。管理事務所でトイレを借りた。それで少しの間だが談笑の時間を頂いた。すっと普通に茶うけがでた。どう見たって機械馬に跨った闖入者なのに・・恐縮した。

日暮れを待って、より上流に向かって走った。途中で僕のBMWから拓のKawasakiにガソリンを分けるというハプニング付きの走破になったが、とても充実した走りだった・・僕の紀州体験は、この時と前述リゾート博工事現場訪問の2回だけだ。

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました