無題55

ミズタマリ 3-4


「母さん、紙袋ってある?」

クリスマスを二日後に控えた夜の八時半頃、 カイトは家に帰るなり、台所にいる母に聞いた。

「紙袋? どのくらいの大きさのが欲しいの?」

母は、カイトも父も遅くなると言われていたので、 ゆっくりとはじめた夕食の用意の手を休めずに聞く。

「ええと、まあ、これくらいかな。」

カイトは両手で大きさを示す。

「うーんそのくらいのなら、 居間の大きな引き出しの中に何枚かあると思うけど。探してみて、 ところでカイト、紙袋なんて何に使うの?」

「引き出しだね、解かった。」

カイトはちゃんと返事もせずに、飛ぶようにそこに向かう。

急いで引き出しを開けると、 まずはじめに鮮やかなピンク色の紙袋が目に入った。
大きさは良さそうだけれど、自分が持つのは恥ずかしい。
そう思って、その下を探した。
他の二枚は店名が入っていて、柄も好みではない。
自分の肩に斜めにかかっている鞄に、 今、入っている綺麗に包装された箱の事を考える。

町で何度か前を通ったことのある店。
小さな店だが、 女の人や女の子には随分と人気があるらしくて、良く聞く名前。
ウィンドーからは優しい色合いの小物や、照明に輝く髪飾りなどが見れる。
カイトは今まで、一度もそこには入ったことが無かったが、 今日、ほんの半時間前、 店が閉まる間際の時間を狙って、息を止め、思い切って入って行った。

普段はおもに女性しか来ない店なので、 優しげな面差しの女店主は彼の姿を見て少々驚いたが、 カイトの話を聞くと彼が品物を選ぶまで店を閉めるのを待ってくれた。
そしてカイトが散々悩んで選んだ品物を、微笑みながら丁寧に包装した。

カイトは香に、生まれて初めて好意を持つ異性に、プレゼントを買った。
それは、柔らかな細く軽い毛糸で編まれた白い手袋で、 手の甲の部分には、透明で小さなガラスのビーズと刺繍の飾りがある。
最初、それを見た時、美しくて思わずカイトは手に取った。
そして、それを見ながら、白い手袋はすぐに汚れてしまうと思った。
でもそうしたら、また来年、香に自分が手袋を送ればいい。
そう考えて、 カイトがその時持っていた金額をほとんど使って手袋を買ったのだった。

店主は綺麗に包装をしてくれ、優美なリボンをかけてくれたが、入れてくれた袋は、品のいい柄はあるもの、半透明の物だった。
カイトは透けてチラチラと見える美しい包装紙とリボンに何だか照れて、 店を出ると急いで、でも気をつけてそっと、鞄にしまう。

家に向かいながら、明日渡す時の為に紙袋がいると思った。
香とは明日、映画を見に行く約束をしている。
二人で出かけるのは、はじめてて、出来れば自分が持って照れない、 香が持っても変ではない紙袋に入れて持って行きたかった。
どんな物でも、香がくれたマフラーには叶わないが、カイトは自分に出来る精一杯の事をしたかった。

ガタン!

二階から低い物音がした。
カイトは紙袋を探す手を止めて二階を見上げた。

(なんだろう?)

不思議に思ったけれど、丁度その時、探していたような紙袋が見つかって、 カイトはそれに、買ってきた品物が入るか確かめるのに夢中になって、 一度きりしかしなかった物音の事など、忘れてしまった。


カイトが紙袋を見つけて、落ち着き、 明日はどの映画を見ようかと、居間に座ってテレビを眺めながら情報誌をパラパラと読んでいると、ふいに電話が鳴って、母が応対に出て話しはじめた。

何を言っているのか、つけっ放しのテレビの音でカイトには聞こえない。
話しながらカイトの母の顔は、何だか難しい顔になった。 
電話が終わっても、その表情は変わらない、そしてそのまま何かカイトに話しかけようと口を開きかけたが、 調理途中だと思い出し、火の始末をしに向かった。

サイレンが遠くから聞こえる。

それが、徐々に近寄って来る。

しかも、いくつも、いくつも、集まって来る。

「何かあったのかな?」

カイトが立ち上がって窓を開ける。

狂った鳥の鳴き声のようなサイレンがさらに大きく聞こえる。

「窓を閉めて!」

カイトの背後から叫ぶような母の声がした。

「危険な人物がいるかもしれないのよ。すぐに閉めて。 あのね、カイトと同じクラスの小林さん。小林さんのお宅の香ちゃんが、 自分の部屋から、突然居なくなったんですって。
助けを呼ぶ悲鳴が聞こえて、二階にお父さんがすぐに行ったら、
確かに居たはずの、香ちゃんが居なくなっていたそうよ。」

香の家の近所の知り合いから、今しがた電話をもらって聞いた話を、 カイト母が辛そうに、そうカイトに告げる。

鳥の群れが、狂った鳥の群れの鳴き声のような甲高いサイレンの音が、母の言葉と一緒に、カイトの耳に鋭く突き刺さる。

「そんな…」

そう言いながら、ふらふらと足を踏み出した時、 カイトの足が、さっき見ていた雑誌を踏んで、それが裂ける。

カイトは、足元から聞こえる紙が裂けた音を聞きながら、 他にも何かが裂けていくような気がした。