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Hong Kong calling ①

2004年 香港

チョンキン・マンションという名の安宿が香港にあるということは知っていた。が、まだ泊まったことはない(ちなみに二度目に泊まったのは新婚旅行)。香港には中国返還前にツアーで行ったことがあるだけだ。漫画家でバックパッカーの小田空さんは、彼女の著書「目のうろこ」で

重慶大厦とは、通称を「チョンキン・マンション」。アジアを旅する際にホンコンに基地を置く世界の貧乏旅行者で、その名を知らぬ者はいない、旅人のとまり木。心の故郷(ふるさと)。食わせ物の迷宮。
香港銀座の一等地、右に左に高級ホテルをしたがえながら、ひときわ異彩と異臭を放つ、今にも朽ち果てそうなヨレヨレの汚いビル。


と書いている。どう、どう?行ってみたいと思わない?少なくとも私にはTDRよりも魅力的な場所に思えるんだが(行ったことないけど)。

というわけで、死ぬまでに一度でいいからチョンキンに泊まりたいという熱い想いを抱いて四泊五日で香港に出かけることにした。なじみのパキスタン・カレー屋のマスターにチョンキンに行くと言うと、

「わたし、チョンキンよく知ってるよ。香港に住んでた時、よくカレーの材料買いに行ったね。もう十年以上も前になるかな。そうだ、ドリアンさん、チョンキンに泊まるなら、パパダ(せんべいのようなもの)5キロとホール・カルダモンとグリーンペッパー・ピクルス買ってきてくれへん? あっ、それから荷物になって悪いけど、ブラック・ラベルとシーバスもお願い」

お願い、ってクラブのママか、ついでに俺は行商人か、手数料はずめよと突っ込みつつ、香港へ。

地下鉄尖沙咀(チムシャツォイ)駅のE2番出口を出ると、ネーザン・ロードをはさんで、巨大な雑居ビルが現われた。おお~、あれがチョンキンか、と感慨にふける隙もなく、パキスタン人とおぼしきにーちゃんに「ニセモノ時計アルヨ」と声をかけられる。それからこの界隈をうろつくたびに声をかけられることになるのだが、彼らは百発百中、私を日本人と見抜いてしまうのだ。店で買い物をしたら、店員に広東語でしゃべりかけられるのはよくあることだったのに。あんたらプロだよ。「職人芸」、もしくは「匠の技」という言葉を思い出す。

入口にはターバンを巻いたシーク教徒、パキスタン人、アラブ人、アフリカ人という人たちがたむろしておられる。一階には何軒か両替所があり、入口付近の三軒のブースにはいつも若い女性が座っている。むさいチョンキンにあって、泥沼の蓮、はきだめの鶴、という風情ですか。いや、レートの悪さをごまかすための香港人のこすい作戦か。チョンキンでは両替の手数料を取らないので、わざわざ遠くからやって来る人もいるみたいで、二階にある「Pacific Exchange Co.」という両替商がレートがいいという噂。奥に入ってみると、コンビニ、鞄屋、服屋、土産物屋、インド食料品屋、散髪屋、食堂等がひしめきあっている。

「チョンキン・マンションには一階と二階合わせて200軒以上の店があります」

と書かれたプレートが天井付近に掲げられている。なんや、本町の船場センタービルには800軒の店があるで、と思うのは何でも比べたがる関西人。

チョンキンは金城武、フェイ・ウォン、トニー・レオン出演の映画、「恋する惑星」(英語題名「Chung King Express」)のロケにも使われている。この映画は1994年の作品だけど雰囲気はその頃と今も変わってない。ただ、一昔前はチョンキンと今は無き九龍城が香港の暗黒地帯の双璧だなんて言われてたが、最近のチョンキンは警官が巡回したり、防犯カメラを設置したり、夜中の12時になるとシャッターを降ろしたりと、安全面に関しては格段に進歩しているのでチョンキンに泊まりたいけど、なんだか恐いと思ってらっしゃるそこのあなた、心配いりませんから。って観光大使か。

17階建てのチョンキンにはA~E座が独立した棟として入っており、100以上もの安宿があるらしい。入って左にはA、B、C座が、右にはD、E座の老朽化したエレベーターがある。各座に偶数階行きと奇数階行きがあり、全部で10基のエレベーターが稼働しているのだが、宿泊客や住人、お米や食料品やガスボンベを荷車で配達する人、掃除のおばちゃんでいつも長い行列。遅く帰って来たときなんか、行列を見ただけでうんざりだわ。でも、大丈夫! そんなときに限って、インド人のにーちゃんと香港人のおばちゃんが列に割り込んだ、どーしたと言い争いをしているという心が和む光景に出くわしますからっ!(泣)

そんでもって、エレベーターの定員が7人なんだけどガタイのいいシーク教徒のおじさんや小錦なみに体格のいいアフリカ人のおばさんなんかが乗ってくると、すかさず親のかたきみたいにブザーが鳴りまくり。仕方ないから、最後に乗ってきた人がうらめしそうに降りていくんですが、中には片足立ちになって、両手でバランスを取りながらブザーをやり過ごすという、「伊東家の食卓」(2007年終了)で使えそうな裏ワザを駆使する人もいらっしゃいます。

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