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国民化保険制度や医師の偏在についてまじめに考えてみた。

こんにちは、カイダです。
長年、患者であることから医療の話には興味があります。

このような記事を目にしました。​

簡単にまとめてみます。

「医師2人体制では安全な分娩ができない」
「2人がずっと、いつ呼び出しがあるか分からない緊張感を持って24時間365日を過ごしている。みなさんに期待してもらっている安心・安全な産科医療は困難だ」

『分娩は休止する』とは言っているが、これからの産科充実について考える時、産科医の立場で話ができる人は必要。協力できることはしたい」と話したが、酒井市長は「田中先生は業務に専念して」と、かみ合わなかった。


■地域医療は現場の医療者の犠牲の上に成立している

私は潰瘍性大腸炎罹患者として20数年医療と関わっていますが、罹患当初、担当医師と私の間には意思決定に関する考えかたに大きなズレがあり、最後まで折り合えず良好な関係を築くことができませんでした。

そういった経緯から、このような患者を増やすまいと患者の権利(インフォームド・コンセント等)が適切に行使できるよう地道な活動を続けていましたが、結局は曖昧のままに。

なぜか?

それは患者の権利が尊重されるための問題の本質は、患者視点ではなく医療者視点で考えなければならいけなかったからです。

患者の権利行使なのに、なぜ医療者視点が本質なのか?

本来、患者は自身の体に生じている『病』がどのようなものか正確に把握し、対応可能な医療内容や医学知識を専門家である担当医師に求め、自身の社会的背景を鑑み最終的に決断する。

このプロセスが必要となるが、これを適切に行使できている患者は現状どれだけおられるでしょうか?残念ながら多いとは思えません。

これは患者側にも問題はありますが、患者が適切に意思決定をせずとも納得いく医療提供を行う医療者側にも問題があると言えるのではないでしょうか。

医療者の善意こそ、本来あるべき患者の意思決定を奪う歪んだ医療契約を発生させているように思うのです。

すべての医療者がそうだとは言いませんが、そろそろ医療者こそご自身の役割の適切な幅を知り、患者の意思決定への不要な介入は止めるべきです。

医療者の必要以上の意思決定の介入は、患者の甘えを助長させます。

甘えた患者は医師の善意を当然とばかりに受け取る。
結果がよければそれでいいが、悪いときにはどうでしょうか。

訴訟をはじめ、あらゆる責任追及の矛先として対応が求めらていきます。
そうして医療者はどんどん疲弊していく。

地域医療の崩壊と本質は同じ

トップ記事の兵庫医科大学ささやま医療センターの話も本質は同じです。
地域のため、患者のため、医療のためと現場の医療者の無理が地域医療を守ってきましたが、訴訟リスク、医療技術の高度化の流れが進んでいく中、限られた人員でそれらをまかなうことは不可能です。

医療者は医療者の役割の範囲を超えることなく、情に頼らずドライに現場に臨んでいただきたい。

懸念すべきは、記事にも書いてあるように現場の外からの圧力。
行政トップの医療者への業務専念要請などをみると、いかに現場が疲弊しているかを全く理解していない様子。

加えて医療消費者側も同様の無理を現場の医療者に強いている。
無くては困る。なんとか頑張って欲しい。患者を見捨てる気か?

これまで医療者がどれだけ無理をしてきただろうか?
この方々の無理でギリギリに保たれた均衡がもう崩壊していることに、なぜ気付かないのだろうか。

問題の核は国民皆保険制度にあるのかもしれない。

■国民化保険制度や医師の偏在についてまじめに考えてみた。

国民皆保険制度とは?

国民皆保険制度(公的医療保険)は、社会保険(医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険)制度の1つであり、病気・怪我・入院など万が一のときに保障してくれる保険制度です。

日本ではすべての国民がこの公的医療保険に加入することになっています。

その前に…

ここまで医療者の疲弊について述べてきました、疲弊の原因である医師不足はどこからきているのか?

・医学部新設の壁
・医学部生定員増の壁
・医師の偏在

などと言われていますが、最近では『医師の偏在』が議論の中心となっているようです。

医師の偏在

医師の偏在は大きく分けて以下の2つです。

・特定の診療科への偏在
・地域的偏在

そもそも医師不足は2004年からはじまった、医師免許取得後の2年間に診療研修を積む「臨床研修制度」の導入の影響が大きいと言われています。

2004年以前の研修は出身大学の医局を中心に行われていたが、同制度によって研修医が研修先の病院を自由に選択できるようになり、症例が多く勤務条件の良い都市部の医療機関に希望が集中し、医局が研修医を確保しにくくなった。

これにより大学医局は関連病院に派遣していた医師を次々と引き揚げ、結果として医師の偏在が加速した。

病院勤務医の不足

救急・産科婦人科・小児科・麻酔科と訴訟リスクが高く、夜間勤務や長時間勤務が日常的な診療科の離職率は高い。

働き改革が当たり前の響きになっている現代においても医療職の働き方、特に勤務医の過酷な労働環境は、兵庫医科大学ささやま医療センターの事例を見てもわかる通り。

必然的に開業や身体的負担の低い診療科へと移り、いくつもの偏在が生じていくことは当然のことで、これは責められるものではありません。

被保険者の国民皆保険の認識

ここに追い打ちをかけるのが、国民皆保険制度の被保険者の認識です。

一定の水準が保たれた医療が、どこにいてもどんなときでも受けられる安心安全の医療保険制度。

こういったイメージ持っていませんか?
大正解です。

大正解なんですが…この安心安全が厄介者なんです。
保険証さえ持っていれば、あとは病院に行ってお医者さんに任せておけば大丈夫!!って患者さん、多くありませんか?

安心安全は文字通りどこにいても日本国内の病院へはフリーアクセス(※一部紹介状が必要な場合あり)ですよといった意味で、医療内容が安心安全というわけではなく、ましてやお任せしていいものではありません。

年齢が高くなるにつれこの傾向も高くなるんですが、このお任せ体質が医療者の負担を増やす一因になっていくのです。

まとめ

国民皆保険制度が廃止でもされない限り、患者側のお任せ体質はもうしばらく変革されることはないでしょう。

そのしわ寄せは、これまで同様医療者へと向かっていくことになります。
様々な制度上の問題は今もなお解決されることなく、一部現場の医療者の疲弊へとつながっていきます。

だからこそ、すべての医療者は情で患者を支えることなく、また、必要以上の介入で意思決定の効率をあげることなく、役割の範囲内で医療を提供していただきたいと思います。

それはいつか必ず患者の自立へとつながり、その1つ1つの自立が医療者全体の負担軽減につながっていくのではないでしょうか?

ということで今回はここまで。
それではまた。

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