正しいものを作る唯一の方法

「計測と改善です」

私が奈良、京都、大阪のちょうど境目のあたりで大学院生をやっていた頃、研究室の先輩が言っていた事が今も印象に残っています。

プロダクトやサービスを生み出す方法には多くの手法がありますが、リーンスタートアップやデザイン思考など、中身は厳密には異なるものの試行錯誤を繰り返しながら改善を試みるアプローチが普及しつつある事は述べるまでも無いでしょう。

「改善」と言うプロセス、簡単そうに聞こえるものの、ただ単純に、もっとよくできそうな場所を探して、何らかの施策に取り組めば良いと言う単純な話ではありません。改善による効果⊿tが1でも100でも改善された事に違いはないかもしれません。しかし、限られたリソースを有効に使うためにも改善行為のROIを意識する必要があります。

そのために必要なのが「計測」と言うプロセスです。「計測」と言ってしまうと定量的に把握出来る事象が対象になってしまう気がするので、「理解」と言い換えてもいいでしょう。

私は高専から大学院に進学しておりバックグラウンドで言えば工学系なので、他の学部について私は詳しく知りませんが、工学部、それもコンピュータサイエンスに関して言えば王道の研究テーマは、何らかの改善に取り組むことです。

イメージが付きやすいところであれば、CPUの処理速度を向上させることだったり、画像認識アルゴリズムの認識精度を向上させる事だったり、今よりリアルなCGを描画する事だったりなのでしょうか。

私の場合はLSIの消費電力を改善する研究、ソフトウェアのデバッグを効率的に行う手法、ソフトウェアを使いやすくする手法の研究などに取り組んできましたが、いずれも「改善」する方法を提案することがゴールとなるわけですから、対象の理解は避けて通れません。

LSIの消費電力の例で言えば、LSIの内部で、電力がどのように消費されているかを調べていくわけですね。それこそひたすら要素を分解していきます。例えば、LSIの消費電力は主に、リークと、スイッチングで消費されるわけですが、対象のLSIはそのどちらで多くの電力を消費しているのか?スイッチングであれば。スイッチングとはどのような仕組みで電力を消費するのか?駆動電圧やスイッチング周波数など様々な要素が消費電力に影響を与えているわけだが、どの要素がどの程度に支配的で、対象のLSIの消費電力を削減するためにはスイッチング頻度を下げるのが投資対効果が高いのか?などといったことを、何度も繰り返して解決すべき問題を定義していきます。

少々専門用語が登場してしまったせいで、多少難解な説明になってしまいましこの「理解」と言うプロセス、実はデザインの世界においてもほぼほぼ同じような事が行われています。

あるWebサイトのコンバージョン率が低い、あるいは特定のフェーズにおける離脱率を低くしたいとなったら、その原因を探るためにデータを分析したり、あるいはユーザにインタビューしたりしつつ仮説を立てて問題を定義した上で改善策の検討に入ります。

改善のためには対象の理解と言うステップが大変重要になりますが、対象の理解って実は中々に大変です。ユーザインタビューをするのであれば、適切な準備が必要なうえに適切なインタビューの実施が必用になりますし、データ分析をするのであればそもそも分析対象となるデータを取得し蓄積してあることが前提になります。なんとかしてユーザの声を集めたいとなればWebサイトにチャットボットやオンラインサーベイフォームやフォーラムなどを設置するのも良い方法かも知れませんが、いずれにせよ改善しようと思い立ってから設置しても必用なデータが集まるまでに多くの時間が必用となるでしょう。

つまり、改善を始めようとするかなり前に、理解のための準備をしておく必用があるのです。とは言え「収集できるデータをすべて集める」と言う決断は妥当とは言えません。収集データが増えれば増えるだけシステム構築コストも大きくなるでしょうし、そもそものユーザ体験が損なわれてしまっては元も子もありません。そのため、自分たちが作ろうとしているプロダクトの目的(できれば短期的、中長期的な)は何なのか。それを達成するためには最低限何をKPIとしなければならないのか。そのミニマムKPIに加えどのような指標、データが取得出来ると嬉しいのかを定めたスタンダードKPI、理想的にはこの種のデータが取れると良いというアドバンストKPIなどに分類して、優先順位を付けてシステムアーキテクチャやUX設計するのも良いでしょう。

特定の目的に沿ったデータを他のもっと容易な方法で収集できないかと言う点も検討すべきです。例えば、ユーザからシステム改善の要望を吸い上げるという目的でフォーラムを設置したいと言うアイディアが出るかもしれませんが、それは他の方法、例えばユーザインタビューやTwitterやFacebookなどのSNS、ブログなどへの書き込みを分析することでは得られない知見が得られる見込みがあるのか?それはなぜなのか?などは一度議論するべきです。

なお、上記に多少近い話題でもあるのですが、ユーザインタビュー、ユーザテストの段階では、いまだに多くの人が視線計測装置の効果を信じているように見受けられます。たしかに視線計測装置を使えばユーザがどこを見ていたかを客観的に把握する事が出来るので大変面白いです。が、私個人的な経験から言えばユーザビリティ上の問題点を把握するだけであれば、視線計測装置を使わなければ見つからない問題点と言うのはほとんどありません。

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