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美容師業界の明治維新について

 一念発起して美容院に行く。体調が悪いとどうしても優先順位の下がるタスクである。

 引っ越しの多い私はなかなか一つの店に定着することができない。今回は、ショートヘアやボブヘアに強いとうたっている表参道の店にした。テナント募集スペースばかりになっている建物の中にあって、たどり着いたときは「店選びを間違えたかな」と思ったが、最終的には気に入った。次もここにしようかと思う。
 担当してくれた美容師は、三十代前半の、つぶらな瞳の男性だった。手首に湿布を巻いているので「腱鞘炎ですか」と聞いたらスノボのせいだという。私はスノボをやらないので知らなかったのだが、すべりながら地面に軽く手を触れているので、ちょいちょい手首を痛めるのだそうだ。

 私があれこれ尋ねたせいか向こうも口数が多くなり、美容業界のことをいろいろと教えてくれた。彼によると、美容師はストレートネックになりやすいという。第一の理由としては、髪を切るために首を前に突き出すポーズを取るからだ。そしてもう一つはもちろんスマホである。最近ではインスタとTwitterの活用が集客の重要なファクターであるため、熱心な美容師はどうしても「髪切るか、インスタするか」になりやすいのだという。たしかに、そういう生活だとストレートネックも進行しそうだ。
 あと、こんな話もされた。
「これは僕の個人的な体感ですけど、美容師業界、今ものすごい変革の時ですよ。もしかしたら、明治維新くらいの変わりっぷりなのかも」

 何がどう明治維新なのかというと、結局IT革命なのだという。 

「この業界の常識が、テクノロジーでどんどん変わってます。まず、ネット予約ってものが実はすごい革命なんですよ。ちょっと前までは、美容院のネット予約なんて不可能だってみんな思っていましたからね。でも今じゃ、電話予約の方がありえないって感じでしょう。今の若い子は、ホットペッパーがサーバーダウンしたら美容院に行くこと自体を諦めちゃいますね」
「ふーむ、私も最近はもうネット予約ばっかりですね……」
「でしょう。あとは、インスタが強くなったせいで、ヘアカタログがいらなくなりつつあるんですよ。もちろんまだ見てる人もいますけど、正直若い子たちには無用の存在です。インスタで、美容師が投稿してるビフォーアフター写真なんかを見て来る子の方が今は多いですから。僕も、Twitterをはじめたらそこから若いお客さんが来てくれることが増えてびっくりしました」
「ははあ。そういう時代だと、サロンでアカウントを運用するというよりは、美容師さんが個人でアカウントを持って、それぞれの強みをアピールする方がきっといいんでしょうね」
「それはありますね。結局、サロンでアカウントを持っても、写真に統一感が出ないんで。だから逆に、サロンの経営者は悩む時代だと思います。でも、ITのおかげでサービスが充実したり、お客さんとのマッチングが多様化したりするのはいいことですよね。仮想通貨で支払いが簡単になったり、妊婦さんだったり病気の方だったりのところに美容師が直接行くようなサービスが増えたりするかもしれないし」

 業界の構造自体や、美容師の働き方自体が変わりつつあるというのはなかなか興味深い話である。江戸時代から本質の変わらない仕事だし、客目線だとどうしてもカラーリング剤とか器具の進歩くらいしか気にしないけど、やっぱり変わるものは変わるのだ。
 と、そんな美容師業界の未来トークを聞いているうちに、私の頭もきれいに整えられ気分さっぱり。このままテクノロジーが進化して、AIが髪型を整えてくれるようにならないものか。

 店を出たあとは、散歩をかねて渋谷へ。いつものようにブックオフとジュンク堂を回り、帰りにどこかで甘い物でも食べようと思ったのだが、春休みのせいか混雑が凄まじく、諦めてブックオフだけのぞいて帰る。途中、東急地下のパン屋で黄色い食パンを買った。黄色っぽいパンにはどうしても弱い。家に帰ってから、ブローティガン『西瓜糖の日々』を読む。3月ぶんの国民健康保険を払い忘れたことに気づく。

 昨日からずっと考えていることなんだけれども、そして別に目新しい考えではないのだけれども、「現状維持」の本当の正体は実は「成長」である。「昨日と同じレベルで同じことだけをするのが現状維持だ」と思ってそれを実践している人は、実はずるずると退化している。なぜなら世界は毎日少しずつ変わっているし、自分の肉体にもじわじわと加齢と疲労と色んな意味の”クセ”が溜まっていて、「昨日と同じこと」なんて実は絶対にできないからだ。そのことを忘れている人がどうも多いような気がする。そして、社会の何がそれを忘れさせているのかが問題だ。

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