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No.235 Bob Dylan ボブ・ディランを追い続けて(1)出会い

No.235 Bob Dylan ボブ・ディランを追い続けて(1)出会い

noteの自己紹介、趣味の一つに「Bob Dylan」を挙げていてるし、記事でも何度かBob Dylanのことは触れている。1978年Bob Dylan初来日、ライブの後にバスを追いかけて「ボブ・ディラン全詩集」の2箇所に、何故か彼は左手で書いたのだが、もらったサイン本は、そのいきさつ(No.027 No.028)も含めて僕の宝物の一つとなり、自宅の本棚の左端に収まっている。

ディラン繋がりから生まれた友情もある。銀座のソニービル前に徹夜で並び、チケットを購入する時に出会った永澤くんとは、今も友情を温める間柄だ(No.071)。英語を母語とする人々でも難解と言われるディランの歌詞のいくつかは、日本に生を受けて育った僕には生涯理解できない部分も多いだろうが、それでもなお僕を魅了し続けている(No.125)。

2016年ノーベル文学賞も受賞した米国のミュージシャンBob Dylan ボブ・ディランも御歳81歳となる。ディランについては、沢山の人が、いろいろな場所で語り、論評していて、いまさら感もあるのだが、ここでは僕の思い出を絡めて熱く語っていこう。

1969年頃か、洋楽の魅力に惹かれつつあった中学生の時に買ったPPMピーター・ポール&マリーの「ポピュラー・ゴールデン・コンパクトシリーズ」盤4曲入りの1曲が、ディラン20歳の頃の名曲「Blowin' in the Wind 風に吹かれて」だった。

表面を触らないように溝が切られたレコードをビニール袋から出し、不思議にもそこから音が出る薄い円盤を両方の掌で器用に挟み、ポータブルプレーヤーの中央の突起物にレコード真ん中の穴を合わせる。プレイヤーのアームを動かすと自動でターンテーブルが回り始める。レコードの一番外側に切られた溝に、慎重に静かに針を落とす。

レコードに詰まった音の宝物を取り出す一連の動作は、カセットテープやCD登場の前の世代の人々が共有した、まさに儀式であり、姿勢を正さずに音楽に向き合うのは、冒涜に近い感情さえ生まれてくるような気がしたものだ。

1分間に33と3分の1回転する小さな黒い円盤が生み出すピーターとポール二人の男性ボーカルに被さるような、英語だからなのか、女性にしてはちょっと低めのマリーの声が好きだった。歌詞カードを見ながら「風に吹かれて」を聴くと、中学校で習ったばかりのフレーズ「How many 〜」が何度も繰り返し出てきて、歌詞の意味を理解できる喜びも味わった。

レコードケース裏の収録曲の解説の最後は「…そしてボブ・ディランは、美しい愛の歌も歌える人だと云っている」で締め括られていた。映画館の入場料金の「大人」「小人」の分類に影響されていたものか、人や事象をこともなげに細分化する大人への階段を上がる過程ゆえだったか、ボブ・ディランのイメージは「年齢不詳のアメリカの大人で曲を作る人」として、ぼんやりと僕の頭の片隅に刻まれた。

それから数ヶ月経った頃だったか、ジョーン・バエズのLPレコードを買うと、バエズのデビュー曲「マリアの御子」と「風に吹かれて」が収録されているシングル盤が「おまけ」に付いていた。「風に吹かれて」は、1963年のニューポートフォーク・フェスティバルのラストの曲として歌われたもので、解説には「…PPM他全出演者の合唱であるが、ディランの歌にからむバエズのひときわ澄んだ声が目立つ」と書かれていた。このシングル版は珍品で、マニアは飛びつくかもしれない。

「ボブ・ディランって人は自分でも歌うんだ」そんなことを思いながら、ターンテーブルにそっと針を乗せると、程なく「How many〜」の声が聞こえてきて慌てた。「まずいー、レコードの回転数を間違えたー!」針を戻すとレコードはゆっくりと律儀にその動きを止める。レコードの回転数を確かめると45回転で合っている。思い返してみると、この後延々と今に続く「ディランに振りまわされる」ことを味わう最初の瞬間だった。

メインボーカルを担っているボブ・ディランの鼻にかかった声は、ひとり異質で、PPMやジョーン・バエズの声に慣れていた僕には、レコードの回転数が間違ったかと驚かされ「こんな風に歌ってもいいんだ」と、音楽を聴いて初めてザラっとした「感触」が僕の肌に纏わりついた。

ボブ・ディランって幾つくらいの人なんだろう?声から判断すると40歳は超えているのかな?どんな顔なの?特に答えを求めたわけでもなかったが「謎の人ボブ・ディラン」は、晴れた日の宙ぶらりんなてるてる坊主のように、僕の頭の中に居心地悪くぶら下がり「風に吹かれて」舞っていた。

・・・続く

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