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Re-posting No.132 よろしく!小野先生(5)手作り教材の話・その1国語

(以前書いた記事を少し書き直しています)

noteのフォローのひとり「ひよこのるる」さんは、ドイツとフランスの詩を訳していると自己紹介しているが、英語やラテン語やロシア語他の言語の話まで幅広く、記事を読んではいつも「この人、勉強家だなあ〜」と俗な感想を持つ。

先日、ロシア語の単語アプリなるものを作られていて、これまた「ようやるな〜」と、富や名声を追わず(たぶん)に、好きな分野のことに邁進する姿に感銘を受けた。ロシア語ゆえ、それが実用的か優れているかは僕には即座には判断できないが、感覚的には文法説明が少し細かすぎて、大きな意味の把握に目がいかなくなるような気もする。「ひよこのるる」さん、感覚だけの判断、大目に見てください。

なぜ「ひよこのるる」さんが、このようなものを作ろうと思うのか?おそらく、ロシア語の単語を覚えるにあたり、既存のものに飽きたらなくなったからであろうという気がする。そして、20年も前になるのか、学習塾を始めた頃の自分を思い出してこの記事を書こうという気になった。数回にわたり書くことになりそうだ。

酒屋商売から学習塾経営に転身したのが43歳の時で、素人からの出発に近かったが、英語をはじめ独学で学習を進めていたので、それなりに大人向けのウンチク本や大学入試の教材には目を通していた。

始めた学習塾の教える対象は小中高校生で、人数的には中学生が多かった。実際問題として、通ってきてくれる生徒の実力をつけ成績を上げることを考えた時、教材の選定は大事だった。小中学生向けの教材などは、まるで触れたことがなかったので研究開始だ。

一般の書店では市販されていない塾向けの教材屋さんに足を運んで話を聞いたり、ジュンク堂池袋店の教材コーナーの隅からはじめ、全ての教材に目を通さないと気が済まない自分の性(さが)に苦笑いしつつも、新しい世界が広がっていって楽しかった。

自分で選んだ塾向け教材にしろ市販の教材にしろ、いざ使い始めるとどうもしっくりこないことも多かった。「解法では触れていないが、この関数問題なら図を書かせたほうがいいな」「willとbe going toの違いの説明がよくないなあ」とか、テキストの説明を補完する、あるいは適切なものがないので手作りの教材を作る気持ちになってきた。

スキャナーが必要になり購入したはいいが、パソコンソフトに明るい方ではない。知り合いのマツオさんに週に一度「Photo Shop」の使い方を数ヶ月にわたりプライベートで教えてもらった。「レイヤー」の感覚を掴むのに戸惑ったのも、今ではいい思い出だ。おかげで、クリック一つで解説解答が表示される実用的なプリントなども作成できるようになった。

平日の学習塾の仕事は、学校の授業が終わってから始まる「夜の仕事」(No,043これに触れた箇所あり)だ。お昼の時間は、かなり自由がきくので1日に4、5時間は教材作りに時間を使っていた。生徒や保護者の方、あるいは友人知人にホンネ気分を語ったものだ。「塾をしているというより、ラーメン屋している気分ですね。お昼にしっかりスープ作ったりの下仕事が大事です。お客さんが来たら、麺茹でて出すだけです」行列のできるラーメン屋さんの大将に叱られるかな、こんな戯れ言は。

漢字の学習、現代文の読み取りには「漢字の訓読み」が大事と考えている。小学生、特に中学受験を目指す生徒向けに「難読漢字」のプリントを「word」で作った。「省く」「営む」「裁く」などA4用紙に40個の漢字が並ぶプリントが8枚、合計320個の難読漢字を学ぶと言葉の感覚が鋭くなる。

子どもに限らず、人は意味を捉えるよりも順番で記憶したりしていて、順番を変えられると正答率が下がるものだ。それを防ぎしっかり覚えるために、別の用紙には「省く」を後ろにずらすなど、漢字をランダムに並べ変えた問題プリントを作った。

その上に、名刺カードを利用して「難読漢字カード」を手作りした。表に漢字、裏に漢字の読みが書かれたシールを貼って作った自慢の品で、市販したいくらいだ。カードを使うことで、ランダムな順番にできるし、苦手な漢字だけを抽出でき無駄な時間を減らすこととなる。さらに、難読漢字を含んだ例文プリントと問題プリントで、知識の定着を図る。

「省く」の例文は「余分なものをはぶく」である。「『富嶽百景』を著したのは誰だったかな」「ヨー・ヨー・マの奏でるチェロの音色は絶品だ」「フェリーニの『道』は心に染みる映画です」などの例文は完璧に僕の個人的好みが入っていて、生徒からの質問というかツッコミを期待して、熱く語るきっかけを探る罠ともいえる。

デザイナーの馬場雄二さんが作られた「ことわざカルタ」は傑作だ。「鬼の目に涙」のカードは、漢字の「鬼」の「田」の部分が「目」の絵になっていて下に水滴の形の「涙」が描かれている。「嘘八百」は、漢字の「嘘」の字で数字の「800」を形作っている。「紅一点」は、白の下地に小さく「紅」の字が描かれている。

このカードでわいわいと楽しく「カルタ」遊びをしながらの学びは大好評で、僕も本気で、そしておちゃらけて生徒たちと共に輪を作り、額を寄せ合って競い合う。小学生の生徒が先に取ったカルタの上の手に、わざと手を(軽く?)叩くように乗せると、生徒が「いた〜い!ひど〜い!大人げな〜い!」と大騒ぎだ。僕は「いや〜、ちょっと遅かった〜。ははは、大人げなどあってたまるか〜!人生はキビシイのだ〜!」と、大人のズルさに負けない子どもを育てている。

遊びだけで終わってはいけないぞ、自分。「ことわざカルタ」も意味を記したプリントを作り、「難読漢字」の例文と同じように、漢字の多くに「ルビ(ふりがな)」をつけた。これは一語一語選択した後に平仮名を入力しなければならず、時々「こんなこと始めなければよかった」と悔やむこともあった面倒な作業だった。

例を示してみよう。「足元に火がつく」の説明「災い(わざわい)が身近(みぢか)から起(お)こり、危険(きけん)がせまること」。この例では1つのことわざに4つのルビを振ったことになる。この「ことわざプリント」も問題を含め40数枚作った。

小中学生の国語の問題に使われる物語文は、ほぼ全てが「人(特に子供が)が、ある出来事を通し成長する話である」と言って差し支えない。大人や、ませた子どもが好きかもしれない暴力的な話や、谷崎潤一郎の「痴人の愛」、渡辺淳一の「失楽園」からの抜粋文はお目にかかれないのだ。

「全ての物語はミステリーだ」と喝破したのは誰だったか忘れたが、物語を読み進むのには「想像」と「創造」の感覚を養うのは必要との考えから作った教材がある。中学受験に出題されることが多い杉みき子「小さな町の風景」から作った問題の一部を紹介する。

 少女の帰りは、毎日おそかった。
大きなコンクールのために、合唱部の練習が続いていたのである。列車通学の少女には、下校時刻のおくれのほかに列車の待ち合わせ時間も加わって、家に帰りつくころは、いつも真っ暗になっていた。
 夜の早い、小さな町である。わけて、少女の住む町はずれの団地ちかくでは、商店は宵にもならぬうちから店をしめて、人通りも少ない。なかばそれをいいことに、なかば心細さをまぎらすために、少女はいつも歌いながら歩いた。

問1)このあとの話を作ってみよう。

どんな話になってもいいよと、生徒たちに自由に書かせる。誰かの作ったものを読むときもある。途中を略して問題の例を続ける。

 団地の入り口近くに、小さなくだもの屋がある。ここも、このあたりの商店街の例にもれず、店じまいは早かったのだが、ある日、少女がいつものように遅い夜道を急いでいると、その店が開かれていて、あかあかと灯のともっているのが見えた。

問2)くだもの屋さんがまだ開いていたのは、どうしてなのか考えてみよう。

このように7、8題の問いに「想像・創造」しながら読み進める教材を、中学入試で使われた物語文の中から抜粋して作った。山田詠美「僕は勉強ができない」青木玉「小石川の家」土屋嘉男「思い出株式会社」ビートたけし「どてらのチャンピオン」芥川龍之介「魔術」、これらの著作からの問題に生徒たちの「楽しかった。他の作品も読みたい」などの嬉しい感想が寄せられた。

国語の手作り教材は他にも「漢字」「四字熟語」「慣用表現」「対義語」などを作った。今でもよく使うものもあれば、一度か二度の使用の後に引き出しの奥に仕舞い込まれたままのものもある。

何れにせよ、どの教材にも愛着があり「オレの血と汗と涙の結晶だ〜」と生徒たちにのたまうと「あ〜、そうですか〜」とプリントを、さして大事なものを扱うようではなくおちゃらけてバッグに入れる姿は、こちらに似てきたと感じさせて、苦笑いせざるを得なくなり、ウソで「涙する」姿を見せてやるのだ、愛すべき生徒たちに。

「ことわざカルタ」と補完の手作りプリント
手作りの「難読漢字カード」

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