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天久鷹央&天久翼 兄妹の日常カルテ

現在、毎週土曜日の午後9時にBSテレ東でドラマ『神酒クリニックで乾杯を』を放送しています。

クリニックのメンバーには天久鷹央の兄である、天久翼も登場しています。

12日に放送された第1話はネットもテレ東またはTVerでご覧になれます。素晴らしい出来ですので皆様、ぜひご覧ください。

それでは、天久鷹央&天久翼 兄妹の日常カルテお楽しみください。


『天久鷹央&天久翼 兄妹の日常カルテ』

 ある日の昼下がり、僕、小鳥遊優が、勤務する天医会総合病院の三階にある医局フロアを歩いていると、すぐ横で「げっ!」と声が上がった。


 見ると、隣を歩いていた統括診断部の部長、つまりは僕の上司である天久鷹央が、よく中学生に間違えられる童顔に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて足を止めていた。


「どうしたんですか、鷹央先生? 轢かれたカエルみたいな声上げて」

 訊ねると、鷹央は無言のまま正面を指さした。顔を上げると、数メートル先に小柄な少年が、鷹央と同じようにどこまでも渋い表情を浮かべて立ち尽くしていた。


 年齢は高校生ぐらいだろうか? 華奢な身体にやけにファッショナブルなジャケットを纏っているが、かなりの美形のせいか不思議と似合っている。

 ふとデジャヴをおぼえる。彼の顔に見覚えがある気がした。けれど、これだけの美形なら、一度会えばそう簡単に忘れるはずはないと思うんだけど……。

 誰だろう、あの子供?

 僕が首をひねると、少年は眉間に深いしわを寄せて大股に近づいて来る。

「僕は子供じゃない!」

 少年は僕の鼻先に指を突きつけた。「え?」と呆けた声を漏らしてしまう。

「だから、いま僕のことを子供だと思っただろ。こう見えても僕は三十二歳のれっきとした大人だ!」

 三十二歳? 僕より年上?

「そう、君より年上だよ」

「え? え?」

 混乱していると、隣から深いため息が聞こえてくる。横目で視線を向けると、鷹央は思い切り顔をしかめながら、少年を指さした。

「たしかにこの男は子供じゃない。そのうえ、人間ですらない」

「人間じゃない? あの、鷹央先生、ちょっと意味が分からないんですけど……」

「こいつは妖怪だよ。心を読む妖怪、サトリって知っているだろ。それだ」

「サトリ……」

 おずおずと視線を向けると、少年は大仰にかぶりを振った。

「人聞きの悪いことを言うなよ、鷹央。僕は別に超能力で心を読んでいるわけじゃない。その人間が無意識のうちに見せる表情筋の変化、瞳孔や視線の動き、呼吸の乱れ、そういう諸々の反応を総合的に判断して、相手が何を考えているかを読み取っているだけなんだ」

「兄貴のそれは完全に人間の範囲を逸脱しているんだよ。そういう能力を持っている存在を妖怪っていうんだ」

「え⁉ 兄貴!?」

 僕が声を裏返すと、鷹央は再び深いため息をついた。

「そうだ、天久翼、私の兄貴で精神科医をしている」

「鷹央先生のお兄さん……」

 僕はまじまじと少年を見る。

 たしかに、よくよく見ると鷹央とよく似ている気がする。高校生に見えるような童顔も血筋なのだろうか。

「僕と鷹央のどこが似ているって言うんだよ。いま君、高校生みたいな童顔なところも似ているとか考えていたでしょ」

 再び考えていたことを的確に言い当てられ、のけぞっていると、鷹央が顔を紅潮させた。

「小鳥、お前、私のこと高校生みたいだとか思ってたのか⁉」

「いえ、それは……」

 というか、中学生みたいだとか思うことも……。

「鷹央は僕と違ってガキっぽいから、中学生みたいに見えるってさ」

 みたび僕の頭の中を読んだ翼が、楽しそうに言う。鷹央の顔の赤みがさらに増していく。

「誰が中学生だ! どこからどう見ても、私は立派なレディだろ!」

「どこからどうみても、お前は中学生だよ鷹央。コンビニで酒を買おうとしたら、間違いなく年齢確認される」

 翼は(これまた鷹央そっくりに)けらけらと笑う。

「うっさい。酒を注文するときはネットで頼んでいるから、年齢確認なんかされない!」

 いや、そういう問題では……。呆れていると、鷹央は翼に指を突きつける。

「兄貴だって人のこと言えないだろ! お前、コンビニで酒買えるのか?」

「ぼ、僕は勤めているクリニックのボスが、地下で趣味のバーを開いているから、そこの酒を気づかれないように、ちょろまかしたりしているし、いざとなれば黒宮に買ってきてもらうから……」

 翼の声から余裕が消える。一体なんなんだ、この状況は。

「あ、あの、それで翼さんは、なんでこちらに? この病院には勤めていませんよね」

 僕は必死に話題を逸らす。翼は小さく咳ばらいをして居ずまいを直した。

「ちょっと真鶴に用事があって、いま会ってきたところなんだよ。けど、鷹央とは会うつもりなかったのに……。お前の棲み処は屋上にある、魔女の家みたいなプレハブ小屋だろ。なんでここにいるんだよ?」

「私も姉ちゃんに用があって来たんだ。兄貴がふらふらしているせいで、私がこの病院の副院長を押し付けられているからな」

 鷹央は大きく舌を鳴らす。

 どうやら似た者兄妹のくせに、仲が悪いらしい。同族嫌悪だろうか?

「君さ、いま『似た者兄妹』とか、『同族嫌悪』とか思ったりした?」

 翼が(怒ったときの鷹央そっくりの)じっとりとした視線を向けてくる。僕は慌てて「滅相もない!」と胸の前で両手を振った。

「まあ、いっか。けど鷹央、いま真鶴に会うのはお勧めしないよ」

「なんでだよ?」

「最近、体重が増えたり、肌つやが落ちてきていることを気にしているって色々指摘したら、怒っちゃってさ。いま慌てて逃げてきたところ。たぶん、当分機嫌悪いよ」

「お前、何てことしてくれるんだよ! そんな姉ちゃんにちょっと余計なこと言ったら、折檻されるだろ!」

 余計なこと、言わなければいいのでは……。

 心の中で突っ込むと、翼はコリコリとこめかみを掻いた。

「いやあ、うちの家系って、どうしてもなぜか一言、余計なことを言っちゃいがちなんだよね」

 だから、頭の中を読まないで欲しいんだけど……。

「本当に迷惑な男だな」

 鷹央が吐き捨てると、翼は顔をしかめた。

「鷹央も人のこと言えないだろ。お前のせいで、黒宮はいまも卑屈なままなんだぞ。お前の名前を聞くだけで怯えてガタガタ震えだすありさまだ」

「黒宮? 誰だ、それ?」

 鷹央は猫を彷彿させる大きな目をしばたたかせる。

「僕の親友だよ! ほら、大学時代、お前がよく分からない数学の定理を世界で初めて証明したあと、話しかけてきた男がいただろ。お前、あいつに『お前は天才じゃない』みたいなこと言ったじゃないか。黒宮の奴、自分以上の天才はいないと信じていたのに、お前にその自信を木っ端みじんにされたんだぞ」

 ああ、それは可哀そうに。僕は会ったこともないその男性に、心から同情する。

「ああ、あの男か。あいつ、元気か?」

「なに聞いていたんだ! お前のせいで元気じゃなくなったんだよ!」
 声を荒げた翼は、息を乱しながら横目で僕を見る。

「で、彼は誰なんだよ」

「小鳥だ。私の、えっと……奴隷だっけ?」

「部下です!」

 僕が大声で訂正すると、翼は鷹央にそっくりの大きな目で僕をまじまじと見つめてくる。心の奥底まで見透かされそうで、僕は必死に頭の中を空っぽにしようとする。

「なるほど、鷹央の便利なペットっていうところかな。君がサポートしてくれているおかげで、引きこもりの妹が世間との接点を見いだせ、そのおかげで色々とおかしな事件に首を突っ込むことができているってところかな」

 翼は背伸びして、僕の肩を叩く。

「しかし、君もおかしな上司を持って大変だろ。いやあ、苦労は分かるよ。うちのボスもめちゃくちゃな人でさ、子供みたいにはしゃぎながら、やばい事件に突っ込んでいくんだよ。しかも、同僚たちも嬉々としてそれに参加しちゃってさ。常識人の僕は、いつも苦労しっぱなしさ。本当に嫌になるよ」

 僕が「はぁ」と生返事をすると、鷹央が翼の肩を無造作につかんで、自分に向き直らせた。

「ど、どうした?」

 わずかに身を反らす翼を、鷹央は険しい顔で舐めるように観察する。

「嫌になる? 嘘つけよ。兄貴は気に入っているだろ、その愉快な仲間たちと冒険するのが」

「なんだよ、やぶからぼうに。別に気に入っていなんか……。なにをそんなに怒っているんだよ」

 動揺を見せる翼を、鷹央はびしりと指さす。

「兄貴は元々、無駄にファッションに気を使っていたけど、昔は機能性はほとんど気にしていなかったはずだ。それなのに、今日はいているズボンはストレッチ素材で、革靴も走り易いような作りになっている。つまり、いつ『事件』に巻き込まれても大丈夫なように準備しているんだ」

 翼の喉から「うっ」と声が漏れる。

「それに、以前はカバンに入れていたスマホを、いまはポケットに入れている。それは、いつ緊急の連絡が来ても気づくようにだろ。あと、兄貴は煙草を吸わないのにかすかに葉巻の匂いがする。つまり、そのクリニックのバーに入り浸っているってわけだ。気に入ってなきゃ、そんなことしない。それに……」

 つぎつぎとマシンガンのごとくまくしたてたあと、鷹央はいつものように、翼をさしていた指を「証明終了」とでもいうように勢いよく振る。

「……ったく、妖怪はどっちだよ。人の内面にずけずけと踏み込んでさ。なにそんなに苛ついているのさ」

 声を絞り出しながら、翼は鷹央を睨む。兄妹の視線が空中で火花を散らした。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 危険な気配を感じた僕は、二人の間に割り込んだ。

「何するんだよ、小鳥」

 鷹央は口を尖らす。

「いや、真鶴さんに用事があるんでしょ。そろそろ行きましょうよ」

「兄貴にからかわれてキレてる姉ちゃんに、会いに行けるわけないだろ。見えてる地雷踏みに行くようなもんだ」

 まあ、その通りだな。

「じゃ、じゃあ。おやつタイムにしませんか? この前、美味しいクッキーの店見つけて、買って来てあるんです」

「……クッキー?」

 鷹央の頬がぴくっと震える。

「そうですよ。それ食べながら、お茶でも飲みましょ。少し時間置けば、真鶴さんも落ち着くと思うし。美味しいですよー」

 必死に説得すると、鷹央は頬を掻きながら「分かったよ」と頷く。

 胸をなでおろすと、背後から「なるほどね」と声が聞こえてきた。振り向くと、翼がその童顔に似合わない、ニヒルな笑みを浮かべていた。

「なにがなるほどなんだよ、兄貴?」

 鷹央が低い声でつぶやく。

「いや、何でもないさ。たしかに鷹央の言うとおり、僕はいまの職場が気に入っているよ。戦闘マニア、エロ声帯模写師、抑鬱ハッカー、格闘手品師、スピード狂ナースと誰一人まともじゃない同僚だけど、正直一緒にいて居心地いいんだよね。あのクリニックこそ、僕の居場所なんだ」

 穏やかな声で言った翼は、僕と鷹央に交互に視線を送ってくる。

「どうやら、ようやく鷹央もそういう場所を見つけたみたいだね。良かった良かった。兄として嬉しいよ」

「……なに言っているんだ、お前?」

 鷹央は訝しげにつぶやく。

「分からないならいいさ、それじゃあ用事は済んだし。僕はおいとまするよ」

 翼はすりぬけるように僕の脇を通過していく。呆然とその背中を見送っていると、彼は「あ、そうだ」と足を止めて振り返った。

「さっき、ペットって呼んだことは謝るよ。僕の間違いだったみたいだ。妹のことをよろしくね、相棒君」

 気障なウインクをして再び背を向けた翼は、片手を軽く上げながら去っていった。

「なんだったんでしょう?」

 華奢な背中を見送った僕がつぶやくと、鷹央は虫でも追い払うように手を振った。

「妖怪の考えていることなんか知るかよ。まったく、迷惑な兄貴だ」

「でも、不思議な人でしたけど、なんだかんだ言って鷹央先生のこと、心配していたみたいですよ。意外と妹思いのお兄さんなんじゃないですか?」

「気持ち悪いこと言うなよな。鳥肌が立つだろ。それより、さっさとクッキー食べに行くぞ。クッキーを」

「はいはい、分かりましたよ」

 軽い足取りで歩き出した鷹央のあとを、僕は苦笑しながらついていくのだった。

       了

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